エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない
 通されたのは個室だった。
 人目がなくなり、愛美は正直ホッとしていた。

(コース料理のマナーなんて、友達の結婚披露宴でしか使ったことないもの)

 密やかに安堵のため息をつくと、こちらを見ていた博明と目が合った。
 
「飲み物はどうしますか? シャンパンがお勧めです」

 博明がメニュー表を開き、アルコールの欄を指さした。

「あんな失態の後に飲めません……ペリエでお願いします」
「おや残念。寄っている姿をもう一度拝めると思ったのですが」
「もう勘弁してくださいっ」

 面白そうにクスクスと笑う博明に、メニューを押し付けた。

 ちょうどやって来たウエイターに博明が注文を告げる。ちゃんとペリエを頼んでくれたのを見るに、酔わせるつもりはないらしい。
 一礼してウエイターが去ると、「今日は楽しんでいただけましたか?」と尋ねてきた。

「はい、なんだかお礼のはずなのに私まで楽しんでしまいました。お役に立とうと思っていたのに、まるでデートみたいで」

 愛美は自分で発した『デート』という言葉に恥ずかしくなって、少しうつむいた。

「ははは、デートのつもりでお誘いしたんですよ」
「え!?」

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