エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない
 今日の業務はまったく集中出来なかった。
 集中しようとする度に横にいる博明が気になってしまう。

 ふとした瞬間に、額に手が伸びている自分がいる。

(慰めてくれたのよね? ……いや、からかわれただけかも)

 愛美の心は上がったり下がったり。まるでジェットコースターのようだった。

 気がついたら終業時刻を過ぎていた。

(明日はちゃんと仕事に集中しないと)

 反省とふわふわとした気持ちが混ざり合って、今日はもう何も出来そうになかった。
 博明に「お先に失礼します」と声をかけて扉に向かうと、「日高さん」と呼び止められた。

 思わず肩がびくりと揺れる。

「明日の終業後、少しだけ時間をもらえますか?」
「明日、ですか? 別に構いません、が……」

 ちらりと博明の様子を伺う。
 そこにはいつもと変わらない彼の姿があった。

「何か?」
「い、いえ大丈夫です。明日の終業後、承知しました」
「良かった。それではまた明日」
「は、はい、では失礼します」

 キスのことを聞きたかったけど、出来なかった。
 博明から何か言われるかと思ったのに、それもなかった。



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