エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない
 一方の健吾は、課長の制止を聞きもせずにまだ怒鳴り散らしている。

「お前のせいでっ……お前のせいで目茶苦茶だ! 引き継ぎも雑だったから俺は大変だったんだ! それにっ……この間、副社長には何も言ってないって言ったじゃないか! 俺に嘘ついたのか!?」

 健吾の騒ぎっぷりに、課長に加えて男性社員二人が駆け寄ってきて彼を抑えている。
 身動きが取れない状態なのにも関わらず、彼は愛美に向かって叫び続けていた。

 憎悪とも呼べる目で愛美を睨みつける健吾は、正気を失った獣の様だった。

「な、何の話? お願いだから落ち着いてよ」
「うるせぇっ!」

 健吾は三人の制止を振り切って、愛美に向かって拳を振り上げた。

 殴られる――

 覚悟を決めて目を閉じたが、身体に痛みが走ることはなかった。

「……?」

 ぎゅっと閉じていた目を恐る恐る開けると、博明が愛美の前に立っていた。

「社内での暴力行為は禁止ですよ。高橋健吾さん」

 博明が言い放つ。
 今まで聞いたことがないくらい冷たい声だ。

 さすがに健吾も動きを止めたようだった。

「おいおい、暴力沙汰はダメだよー。ペナルティがさらに重たくなりますよ。営業一課の高橋さん」

 後ろから室田もやって来た。
 人事のお出ましに、健吾は目に見えて狼狽えていた。

 室田は健吾の前に立つと、襟を正して口調を変えた。

「高橋健吾さん、懲戒通知はもう確認しましたね? 貴方は三ヶ月の出勤停止です」
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