エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない
 デスク周りの片づけをしていると、さっきとは打って変わって上機嫌な健吾が近づいていた。

「日高、お前辞めるんだってな。さっさと引き継ぎ資料作っておけよ。ったく……ミスばっかりしといて責任も取らずに辞めれるんだから、派遣っていいよなー」

 フロア中に聞こえる声量で、彼はそう言い放った。

 愛美は言葉を失った。
 少しでも慰めの言葉を期待した自分が情けない。

(この人は誰? 本当に私の知っている健吾なの? 一年以上も付き合った結果がこれ?)

 自分のミスを擦りつけ、派遣を馬鹿にするような発言をする人が、自分の元恋人だったなんてショックだった。



「私、何も見えてなかったんだわ……」

 借りていた資料や文献を返却しに資料室に入ると、自然と涙が溢れてきた。
 自分が会社で泣くような人間だとは思っていなかった愛美は、驚きつつ、そっと涙をぬぐった。

「もうここの資料を読むこともなくなるわね」

 営業関係のビジネス書や、製菓関係の資料、電子化されていない社内データを元の場所へと戻していく。

 ほとんど利用されていないこの資料室は、愛美のお気に入りの場所だった。様々な資料を読みふけったおかげで、貸出簿には愛美の名前がびっしり並んでいる。

「あと一冊ね。はぁ……」
 
 これを返却したら席に戻らなければならない。
 愛美がため息をつくと同時に資料室の扉が開いた。

「失礼、先客がいたのですね」
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