エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない
 あれよあれよという間に連れてこられたのは、副社長室と書かれた部屋だった。

(こんな部屋があったのね。この人、勝手に入ったらマズイんじゃ……)

 それでも、促されるままにソファーに座らされ、「ちょっと待っててくださいね」と言われれば、大人しく待つほかなかった。


 なめらかな手触りのソファーは程よく柔らかく、座り心地からしても上質なものだろう。

 この広い部屋は物が少ないせいで、余計に広く見える。
 さっきまでいた資料室とは雲泥の差だ。


 愛美はなんだか悪いことをしているような居心地の悪さを感じて、うつむいてじっとしていた。

(されるがままに来ちゃったけど……この人、なんなの?)

 しばらく待っていると、コーヒーの深くて良い香りが漂ってきた。

 さっきの彼がコーヒーと一枚の紙をローテーブルに置く。
 雇用契約書と書かれていた。

「これを読んで、同意できるならサインを」

 対面のソファーにゆったりと腰掛けた彼は、「ゆっくりで大丈夫ですよ」と言いながらスラリと長い脚を組んだ。

 愛美は差し出された紙を読みながら、頭をフル回転させた。

『では僕のところで働きませんか?』

 その言葉に曖昧に頷いてしまった結果が雇用契約書(これ)だ。

(副社長って確か……サエキ製菓の御曹司だったような……まさかっ)

 イヤな汗が背中を伝った。

「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あぁ……佐伯博明です。ご挨拶が遅れました。副社長をしております」

 目の前の男性、佐伯博明はスッと立ち上がり、無駄のない動きで愛美に名刺を差し出した。
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