エリート御曹司は不運な前向き社員を甘くとらえて離さない
 愛美は慌ててガタガタッと音を立てて立ち上がった。

「あ、あの! 失礼しました!! 営業部一課 営業事務の日高愛美と申します」

 深くお辞儀をする。
 ちらりと目線だけ上げると、彼の名札にはきちんと『代表取締役副社長 佐伯博明』と書かれていた。

(なんで気がつかなかったの!? ど、どうしよう……)

 ギュッと目をつぶると、頭上からクスクスと笑い声が聞こえた。

「そんなに畏まらないでください。僕の秘書になるんですから」
「ひ、秘書!?」

 愛美は慌てて雇用契約書に目を走らせる。
 愛美の新たな所属は、『代表取締役副社長付』と書かれていた。

「こんなの駄目です……」

 絞り出した愛美のか細い声に、博明の目が細められた。

「何故?」

 誰が見ても不適切だろうに、博明は心底分からないという顔をしていた。

「わ、私はただの派遣社員ですし、営業事務しか経験がありません。副社長付の秘書業務なんてとても……」
「誰でも最初は未経験ですよ。これから経験していけばいいんです。それとも、僕のもとで働くのは不満ですか?」

 そう言いながら、博明はゆっくりと愛美に近づいてきた。

「不満だなんて、そんなっ」
「じゃあサインして」

 きれいな顔が近くにあるだけでも緊張するのに、手をそっと触れられて心臓がドキリと跳ねた。

「僕には君みたいな人が必要なんです」

 プロポーズみたいな台詞を吐かれて、断れる人がいるんだろうか。
 愛美は差し出されたペンを握ると、震える手でサインをした。
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