月とスッポン  牛に引かれて
「そういえば安曇野にも行きたいって言っていましたね」

車に戻り、映画を選択しながら大河が言う。

「いわさきちひろ美術館に行ってみたかっただけなので、時間がなければ次回一人で来ます」
「時間がなければ、また二人で来ましょう」

一人で来ると言っているのに、あえて二人でと言うのは嫌がらせか。

「いわさきちひろですか」
「絵人作家なので、絵を見ればわかると思いますよ」

「好きなんですか?」
「好きと言うか、唯一持っていた絵本が彼女の絵本だったってだけです。向き合おうかなって」

と、私は何を言おうとしているんだ。

「向き合う事は、いい事だと思いますよ」

軽い相槌に、隣を見ればまた見入っていた。

ふっと。気が抜ける。

こちらも何度も見た映画。セリフは頭に入っている。

「入れ替わってる」

と声を合わせても反応なし。
このまま大人しくさせておこう。

目的地に到着した時、映画は佳境を迎えていた。
めっちゃいい場面。止まった車の中でそのまま見続ける。

エンディングが流れて、大河の大きく深いため息が聞こえる。

「これもいい作品でした」
「めっちゃヒットしてましたけどね」

「そう言うのに疎くて」

疎くても知ってるレベルにヒットしていたが、全ての人が知っていると思ってはいけない。

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