月とスッポン  牛に引かれて
その向こうに閉ざされた本像に挨拶を済ませれば、心配そうな顔の大河がいた。

「この奥にお戒壇巡りが出来るそうです。
璃壇下の暗中を巡り本尊の真下に感る「極楽の旅」を探り当て秘仏に結縁する道場です」
「うん、書いてあるね」

「真っ暗な回廊を巡り、中程に懸かる「極楽の錠前」に触れることで、錠前の真上におられる絶対秘仏の御本尊様と結縁を果たし、極楽往生の約束を頂けるそうです」

入り口から覗く下は確かに真っ暗だ。

鎌倉の大仏さんでの事を覚えていたのだろう。
暗闇が怖い私を心配してくれたのか。
その優しさがちょっと嬉しい。

秘仏と通じる扉には惹かれる。惹かれるが
ここまで来て行かないという選択肢はない。
ないんだけど

「一人づつではないですよね」

力なく問うと
「一緒に行きましょう」
と大河が手を差し出す。

大きく息を吐き、気合を入れてから大河の手を握る。

「大丈夫です。私が先に降りますね」

私が降りやすい様に、一歩づつゆっくりと大河が降りていく。

少し力の入った手が私を与える。

微かな灯りと大河の手の温もりが私に安心感を与えて、足を進める力となる。

大河が立ち止まり
「これだと思います」
と私の手を引く。

飾りのある鉄の筒らしき物に、大河の手に包まれたまま触る。
「私、頑張りました」と心の中で言う。

「行きましょうか」

大河の手に引かれ歩き出せば、明かりが見えてくる。

終わったという安堵に、震えそうな手に力を入れ階段を登る。

「お疲れ様でした」

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