月とスッポン  牛に引かれて
「今度平家物語をお渡ししますね」
「ん?私は読むとは言っていませんが」

「でも読みたいと思った時に手元にないと読めないですよね」
「そうですね」

「なら、読みたいと思った時にすぐ読めるように手元にあったほうが良くないですか?」
「いつ読むかわからない物を家に置きたくないんですけど」

「では、私の家の鍵を渡しますので、いつでもいらしてください」
「えっ、いらないです」

「えっ、いらないんですか?」

こ、これは・・・
伝説の[俺の家に来れるの嬉しいだろ]的な?
[俺のテリトリーに入れるなんて幸せだろ]的な?

「貰ってどうするんですか?」

ドキドキしながら聞いてみる。

「本がいつでも読めます」

そっちかい。

「私、本ってほとんど読まないです」

「サブスクがいつでも見放題です」
「流し見するぐらいで、あんま見る時間ないですけど」

そんな悲しそうな顔をしないでくれ。

「美味しい料理が食べられます」
「美味しい料理ならいつも食べてますけど、飲食店勤務なんで。それにあんま食に興味ないです」

「飲食店で働いているのに興味ないんですか!」
「働いていますが、興味ないです。ごめんなさい」

「睡眠に特化したベッドがあります」
「そういうベッドは大抵沈むので、逆に寝にくいです」

眉間に皺を寄せて悩まなくてもいいのだが。

「隣に海がいるので、いつでも会えます」
「それなら海の家に行きますし、ビデオ通話すれば顔は見れるので、会いに行く必要はないかと」

そんな当たり前の事で、がっかりされても困る。

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