月とスッポン  牛に引かれて
玄関をくぐれば、開放感のあるロビー。
歴史を感じる額に飾られた一枚の大きな絵画のように、庭が館内に品をもたらしている。

別世界。

一面に惹かれた畳が温かみを与えて、大きな古時計がこの宿と過ごしてきた歳月の長さを感じさせる。

ここは私なんかが足を踏み入れては行けない世界。
そう思うと足がすくむ。

「行きますよ」

私の鞄を掲げて、欲しければ自分で取りに来いとでも言いたげな大河に腹立つ。

人質ならぬ物質だ。

荷物も車の鍵すらない私は大河について行くしかない。

どうすればいいんだ。

大河の痕跡を見れば、靴はそのまま正面を向いたまま脱いである。
その痕跡を辿るように靴を脱ぎ履き物を履き替える。

私が中に踏み入れたのを確認すると、
私の鞄を持ったままフロントへと行ってしまった。

荷物を返して欲しいと追いかけるが、画面越しでしか見たことのない光景に、キョロキョロしてしまう。

どうせ2度と来ることのない場所なのだ。

じっくり観たいと思うのは人のサガに違いない。

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