月とスッポン 牛に引かれて
side宿亭主
内線が鳴り、すぐさに受話器を取る。
「大森様がお見えです」
「すぐにそちらに向かいます」
受話器を置き、大きく息を吐き、資料を整えた。
妻の加奈子が心配そうに膨らんだお腹を触りながら私をみている。
「大丈夫ですよ。ただ久しぶりのプレゼンで緊張しているだけですから」
まだ見ぬ愛子に「パパ、頑張ってくるね」と話しかける。
「うん、大丈夫。あんな表情豊かな大河君を見たの初めてだもん。対応した鈴木君も榛原さんもこう好感触だって言ってたし。可愛い彼女を連れてデレデレだって」
「それとこれとは関係ありませんよ」
ふっと力が抜けるのが分かるの。
「大丈夫」とお腹に触っている手を重ね言ってくれる加奈子に心強かった。
「あなたには真田の血が流れてるんだから、大丈夫に決まってる」
優しく力強く微笑んでくれる最愛の妻に
「いえ、私には真田の血は一滴も混ざっていませんよ」
「えっ、友達に言っちゃた」
「今度会った時に訂正しておいて下さい。では、出陣して参ります」
切り火の真似をする加奈子に見送らせて、フロントへと向かった。