月とスッポン  牛に引かれて
タブレットをしまい、久しぶりと言いつつも慶太郎を本庄と呼ぶ。
仕事モードに入っている大河に、気合を入れ直した。

「ご無沙汰しております。早速ですが、こちらが当館で用意した資料となります」

大河が読み進めるのを黙って見守る。
泊まり客の声しか聞こえないロビーに緊張が走る。


「桑の葉を使ったほうじ茶になります」

心配だったのだろう。
少しでも気が紛れればという加奈子の心遣い。
「ありがとう」と加奈子に微笑めば、加奈子の笑顔を返してくれる。

スマホを取り出し、どこかに連絡したかと思うと大河が顔を上げ加奈子を見上げた。

「このお茶はこちらで採れた物ですか?」
「はい」

ほうじ茶の説明をすると

「客に普段出すようにもう一度出してもらえますか?そう時間帯は、今で男性が1人ロビーにいる想定でお願いします」

急に何が始まるのか?
不安に思いつつも、大河の事だから意味があるのだろう。
加奈子と目があい、頷けば、加奈子も頷き返す。
ふぅと息をはく。

「こちら桑の葉を使ったほうじ茶になります。よろしければお飲み下さい」

言われた通りに普段出すように加奈子がお茶を出し直す。どうって事のない。客の邪魔にならないシンプルなサービスだ。

「夜遅くまでご苦労様です。こちらこの近くで栽培され桑の葉を焙煎したほうじ茶です。鎌倉時代にはすでに薬茶として飲まれている物なのでよかったら飲んでみて下さい。
カフェインが入っていないので、おかわりして頂いてもぐっすり眠れますよ。ただ食物繊維が豊富なので飲みすぎると夜起きてしまうかもしれませんけどね」

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