月とスッポン  牛に引かれて
今まで口にせず自分で読み取れと言わんばかりの事しか口に出さなかった大河が、自分の思い、相手への敬意を言葉にしている。

「“この宿を”なのか、“この街を”なのかを明確にしてもう一度提出をお願いします。
銀行にはもう少し待つように私の方から声をかけておきますので、今一度話し合って下さい」

最悪な想定ばかり予想していた私は、少しだけ開いた道にホッとする。

もう難しい話は終わりだよね
と言わんばかりに、加奈子が口にする。

「なんか変わったね」
「そうですか?」

「ストイックでクールな感じだったのが、和らいだ気がする。それはそれでカッコよかったんだけど」

「連れて歩くにはいいけど、共に暮らすには適さないと言ったところですか?」
「そう。そんな感じ。彼女さんの力?」

出資者という立場を忘れ、大学時代の気さくな友人のように話す加奈子にストップをかける。

大河は気にする様子もなく、笑っている。

「こいつは誰だ?」
そう思った。

「茜は恋人ではありませんよ」
「「えっ」」

声が重なる。

「てっきり恋人だと思って同じ部屋にしちゃった」

加奈子が思いをこぼせば

「問題ありません。寝るだけですから」

いいのか?
と加奈子と顔を見合わせる。

「今日もたくさん歩いて疲れていますし、明日は早めに出て安曇野へ行く予定です。なので本当に寝るだけなんですよ」

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