月とスッポン  牛に引かれて
さらばななくり

朝、目が覚める。

大河はすでに起きていて、濡れ場に置かれたソファに座っている。

朝も早よから大変だ。

大きな仕事が控えているとか言っていたから、このまま東京へ帰った方が良いのではないだろうか?

そうだ!それが良いに決まっている。
よし、近くの駅でこいつを下ろそう。

大河と目が合い、使っていた物をしまう。

「これは仕事ではありませんので、ご心配なく」

わざとらしく舌打ちをして、着替えを抱えながら洗面所へと向かった。

顔を洗い、軽く化粧をする。

これは大河と一緒にいるからじゃない。
この宿へとこれから訪れるちひろさんや国宝への敬意だ。

自分に言い訳をしながら身支度をしていく。
鞄に荷物を詰め込めばいつでも出発可能になる。

「朝ごはんはどうします?」

そう問えば

「安曇野のパン屋に行きましょう。昨日から気になって仕方ありません」
「パン好き?」
「パンも好きですよ」

イケメンの「好き」は破壊力抜群だ。

「茜の事も好きですよ」

耳元で囁く。
たまらずに両手で顔を覆う。

楽しそうに笑う大河。
やられた。

「むかつく」

荷物を持つ部屋を出る大河を追いかけ、背中を叩く。

私の力など大した事ないはずなのに、大河は大袈裟に痛がった。

玄関に向かえば、この宿の亭主らしき人が私達を待っていた。

「おはようございます。よく寝られましたか?」

爽やかだ。

これが物語で登場人物の紹介欄があったとしたら、【爽やか、好青年】と書かれているに違いない。
それで、【実は腹黒】とかも書かれている場合が多い、注意人物に違いない。
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