月とスッポン  牛に引かれて
なんて良い人なんだ。

何もかも慣れていないわたしを暖かな目で、見守ってくれるなんて。

それに引き換え、授業参観でも見に来ている父兄のような眼差しのこいつは、いないものとして扱おう。

鼻をかきそうになる手を、早口になりそうになる口をなんとか抑える。
呼吸をしっかりと意識しながら心を落ち着かせる。

「そうなんですか。葛木が聞いたら喜びます」

「あくまで私がお客様と接した感想になってしまうのですが」

と前置きをする。

「辛口至上主義の方は、相変わらず多いのですが、スタートとしてこちらの夏酒を飲まれたお客様の大半は“おかわり”を希望する方が多く、追加で注文するほど人気でした。どの料理にも相性がよく、飲みやすい」

そうです。と付け加える。
私は何を言っているんだ。と思いつつも口が止まらない。緊張で誤魔化そうと口が勝手に動く。
困った時の達ちゃん頼みだと全て達ちゃんのせいだとなすり付けておく。

「なので、ひやおろしも楽しみだと葛木が言っていました」
「そう言っていただけて光栄です」

出来上がったばかりだと言う季節酒を紹介して貰い、購入を済ませる。

販売のお姉さんと会話をしていれば、蔵元と大河が談笑している。トップ同士の談笑。だろうか?

「素敵な方ですね」

販売のお姉さんに言われてしまった。

「えっ?はぁ」

苦笑いをする。
慌てて否定するのも、肯定するのも違う気がした。
あれは空気です。なんて言えるわけがない。

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