月とスッポン  牛に引かれて
最後にもう一度お礼を言って、蔵を後にする。

運転席に乗り込んだ大河が私の頭に手を乗せる。

まるで大変よく出来ました。と子供を褒めているかのようだ。

嬉しいんだか、腹立たしんだか。

達ちゃんからの任務はこれが初めてではない。
毎回上手に出来ているとは評価出来ないが、なんとなくだが、こなしている。

やっぱり腹立たしい。

頭の上の大河の手を払い除ける。

少し感じが悪かったかなと後悔しつつ、大河の顔を見れば、また保護者の顔をしていた。

後悔して損した。

「出発しないなら、運転するので降りてください」

そう強気になればもうくすくすと笑いながら、アクセルを踏んだ。

「前回買った奈良の日本酒は華やかな香りでとてもキレイで飲みやすかったので、今回の日本酒も楽しみです」
「“みむろ”でしたよね。ちなみに、銘柄はひらがなでしたか?」

「ひらがなでしたね」
「なら、新しく立ち上げた銘柄の方ですね。ならフレッシュで飲みやすいタイプの日本酒ですね」

「えっ」
「漢字の“三諸”は奈良県内のみで流通する創業時からの銘柄で、ひらがなの“みむろ”は今の杜氏さんが蔵を継いでから新たに立ち上げた銘柄です」

「えっ」
「せっかく奈良に行ったのなら、『菩提元』にすれば良かったと思いますよ。室町時代、奈良の寺院醸造の中心的役割を担った菩提山正暦寺で創醸された日本最古と言われている酒母ですから」

「なぜそれをいってくれなかったのですか」
「聞かれなかったので」
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