月とスッポン  牛に引かれて
話が終わりそうになり、慌てて視線を前に戻す。

「運転中はちゃんと前を見ましょうね」
「見てるし。車間距離ばっちりだし。渋滞だし。おやき勝手に交換させられたし」

「よそ見運転と渋滞とおやきは関係ありません」

教習所の先生みたいな事を言い始める。

「心配なら電車で帰れば良かったんじゃないですか?」
「私の帰宅時間よりも茜の運転の方が心配です」

「私、無事故無違反のゴールド免許ですが」
「その気の緩みが事故の元ですよ」

あー言えばこー言う、大河のお戻りだ。

「それはどうも申し訳ありませんでした」

謝りたくはないが、めんどくさくなる前に謝っておく。

「謝罪すれば良いと言う問題ではありませんが」

チッ、めんどくさいな、コイツ。

「鹿肉のおやきも、信州牛のおやきも美味しかったので、大目にみましょう」

偉そうだな、コイツ。あっ、偉かったんだった。

「どこで降ろせばいいんですか?」

早く解散しようぜの意味を込めつつ、話題を変える。

「茜の家でいいですよ。慶太郎に向かえを頼んであるので」

慶太郎さん、お疲れ様。

「彼は今頃都内を走り回っているので、問題ありませんよ」

走り回っているのか、お疲れ様です。

「それにしても、お酒飲めないのに詳しいですね」
「職業柄ですよ。味の向こうにある背景がより一層美味しく感じさせる事もあるんですよ」

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