月とスッポン 牛に引かれて
「ですよね。皆さんそう言ってくれます」
「そうやってお客と接しているんですね」
「まぁ、口にする物なので、美味しいのは当たり前の世界ですからね。その後ろにある物語が、会話を生み、より一層楽しい会食になるんだと思って紹介しています」
「プロなんですね」
「一流のウエイターは黒子なんだと思いますよ。そこには存在してはいけない。来たお客様の記憶に残ってはいけない。でも、ウチはそんなお店ではありませんから。
会話が弾んで楽しかったって思って貰えるようにするのが私の仕事です、たぶん」
超がつくほどの一流の仕事をしている人に何を語っているんだと、恥ずかしくなり最後を濁す。
そんな話をしていれば、渋滞を通り抜け、高速も終了する。
帰って作るには時間がなく、食べて帰るには早いなんとも微妙な時間だ。
さぁねどうしたものかと考えれば、見慣れた赤い看板が目に飛び込んでくる。
「少し寄り道します」
ハンドルを切り、赤い看板の店へと突入する。
美味しいチキンの匂いが充満する車内をホクホク顔でお家に向かう。
大河の視線がチキンに釘付けだ。
「謙太郎さんが迎えに来るのに時間がまだあるようでしたら、うちでそれ食べますか?」
「えっ、いいんですか?」
「なんなら、お土産置きに行くついでに達ちゃん所からビール貰ってきますよ」
「いいんですか!」
「そちらが宜しければ」