幼馴染から助けてくれた常連さんに囲い込まれました。
電車を乗り継ぎ、たどり着いたのは件の喫茶店。時刻は19時半過ぎなので、店内の客は殆どいないだろう。
(ここに来て、どうするつもりだったのかな)
思考を放棄し、フラフラと魂が半分抜けた状態になった美夜は友人の家でも付き合いのある親戚の家でもなく、ここを選んだ。
逃れられないであろう和樹との婚約を前に、美夜は半ば自棄になっている。美夜の辛さを知ろうとしない両親も、美夜を苦しめて楽しんでいる和樹にも怒りが込み上げてきた。
けど、美夜は彼らに嘘偽りない本心をぶつけることが出来るほど、強くはない。結局、何もしない方が楽だと諦めてしまう。
(私の意思なんて誰も必要としてない、足掻いたところでどうにもならないのなら)
最後くらい…。
「…桜井さん?」
「っ!」
よりにもよって、会いたくない人に会ってしまった。店のドアからカイが出てきたのだ。店の前で立っている美夜に駆け寄り、眉を顰める。
「今日はバイト休み…酷い顔色じゃないか、何かあったのか」
こちらを気遣ってくれるカイを前にすると、堪えてきたものが溢れてくる感覚がした。目頭が熱くなり、瞳から一筋の涙が流れ頬を伝う。それを皮切りに両方の瞳からポロポロと涙が流れる。
「⁈」
いきなり泣き出した美夜に常に冷静な態度を崩さないカイが動揺し、目に見えて狼狽えている。
(やってしまった…急に泣き出すとかドン引きだ…)
一度流れた涙は自分の意思では止められない。何も話さないまま、急に泣き出す女なんて面倒臭いし煩わしい。まして相手はよく行く店のただのバイトの大学生。
ああ、終わった。これでカイの中で美夜は突然泣き出す変な女、として印象付けられてしまう。もう普通に接してくれなくなるだろう。
(いっそ無視して行って欲しい)
そんな美夜の願いも虚しく、カイはカバンから「使ってないやつだから」と見るからに高そうなハンカチを差し出すと徐に右手を握る。突然のことに一瞬、涙が止まった。
「場所を変える」
美夜の返答を聞くことなく、カイは手を引いて歩き出した。