幼馴染から助けてくれた常連さんに囲い込まれました。
カイの纏う雰囲気が一瞬冷ややかなものに変わったがすぐ元に戻る。

「…君は本当にそれでいいのか?」

「…本当は嫌ですけど、私の意思関係なく話が進んでるみたいで。私が我慢すれば上手くいくのなら…」

受け入れるしかない。そう語る美夜の瞳には諦念の色がある。

美夜に自覚はないが、かなり追い詰められていた。

「…あのカイさん…」

「何?」

「…とても非常識なことを言ってる自覚はあります…あるんですけど…一度だけでいいんで私のこと抱いてもらえませんか」

「………は?」

常に冷静な態度を崩さないカイがポカンと口を開けて絶句していた。追い詰められた人間は時にとんでもないことを言い出すのである。

「な、何言ってるんだ。冗談でもそういうことを言うのはやめろ、自分を大事に」

「冗談じゃありません、本気です」

美夜は今日、初めてカイの顔を真正面から見据えた。さっきまでの生気の無さは消え、その瞳には強い意志が宿っている。覚悟を決めた者の目だ。カイは美夜の目力を前にたじろぎ、息を呑む。

「…和樹くんと婚約したらいずれはそういうことをしないといけないじゃないですか?私キスもそれ以上も経験ないんですけど、初めてが和樹くんなのは絶対嫌なんです、だから」

初めてはカイが良い、と美夜の瞳が切実に訴える。カイは眉間を指で抑え、天を仰ぎ何かを考える。そして美夜の方に向き直った。
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