海辺で拾った美男子は住所不定無職!?養っていたら溺愛されました

***

 聡さんと暮らし始めて一週間が経過した。

「ただいま帰りました」
「おかえり。灯ちゃん、今日もお疲れ様」

 玄関までパタパタと音を立てて、聡さんが出迎えてくれる。わざわざ家事の手を止めなくていいと言っても、「そうしたいから」とにっこり笑ってくれるのだ。
 会社から帰ってくると、いつも良い匂いのする晩ごはんが出来上がっているので、彼のタイムマネジメント力は相当なものだと思う。今日は、パラパラなチャーハンとワンタン入り中華スープ。それからオシャレなサラダが用意されていた。私が帰宅するまで食べるのも待ってくれていて、なんだかその温かい優しさが疲れた身体に沁みる。
 掃除や洗濯まで完璧。聞けば海外で一人暮らしをしていたそう。「絵の修行で?」と聞くと、曖昧に笑った。

 不思議な同居生活は、完全に聡さんの負担が大きい。家事の全てを丸投げし、仕事に行くだけで良い私は、精神的にも肉体的にも楽だ。他人が家の中にいるのも、聡さんだからなのか、すぐに馴染んで自然に暮らせている。麻美は心配するだろうけど。

 聡さんは、悪い男なのだろうか。
 生活費として渡したお金は、恐らく食品の買い出し費用になっているようだ。スキンシップは多いけど、それは海外暮らしが長かったせいだろう。モデルになってほしいとは言われたけれど、女性として興味は無いと思われる。

 私はすでに、絵が完成して同居を解消するのが惜しいと考えてしまうほど、この生活が心地よく感じていた。

 だけど、聡さんは基本的に朗らかで優しいが、どこか踏み込んではいけないような一線がある。質問しても綺麗な微笑みで誤魔化されることがよくあるのだ。彼の情報はあまり教えてくれない。

「動かないで」
「ご、ごめんなさい」
「少しだけ顎を引いて。そう。そのまま」

 夜、彼の気が済むまでモデルをする。
 
 彼はあの日の海に佇む私を描いている。油絵で描く海は、繊細で、温かい色をしている。絵の具と油の匂いが、懐かしくてどこか切ない。その理由を語りたくなくて、私も美術部で絵を描いていたことは、彼には内緒にしている。

 普段の少し抜けた優しい聡さんとは違い、絵を描くときはとても真剣で凛々しくて格好いい。
 傷心中の私には刺激が強すぎて、直視できないほどだ。きっと彼はモテるんだろう。私とは違う世界の人なのだ。実際SNSでも大変な人気で、彼の絵のファンだけでも世界中に大勢いる。作者がこんなに素敵な人だったと判明した日には、大変なことになるだろう。

(私の絵も、いつかあのアカウントで発表してくれるのかな……)

 そうしたらこっそり毎日見てしまいそうだ。でもいつかくるそんな日を楽しみにしている私がいた。
< 10 / 26 >

この作品をシェア

pagetop