海辺で拾った美男子は住所不定無職!?養っていたら溺愛されました
「ちょっと! 昨日のあれはどう言うことよ!?」

 翌日、予想通り繭に問い詰められている。給湯室でお茶を淹れていた所に突撃された。こうなることは予想していたので、なるべく彼女の興味が逸れるよう回答する。

「あのイケメンは誰なの!?」
「……あまりよく知らないの」
「どういうことよ!? あんたの家にいるんじゃないの?」
「居候……みたいな感じで、お金を渡して家事をしてもらってるの。仕事も家もないみたいだから」
「……ふーん……。なぁんだ。ただのニートってことね」

 繭は鼻で笑う。よかった……。お金持ちではないと伝えれば、繭の関心は薄れると思っていた。安心した顔を見せないように気をつける。

「社会に馴染めないところはお似合いね」
「……付き合ってるわけじゃ、ないよ……」
「へぇ」

 馬鹿にするような、見下すような瞳に耐えた。聡さんを巻き込みたくない。その一心で。結局繭は私に対して暴言を吐き、聡さんへの関心は一応落ち着いたようだった。

***

「ただいま帰りました……」
「遅かったねぇ。おかえり」
「……はい……」

 繭に仕事を沢山押し付けられ、残業をたっぷりして帰宅した。聡さんへの興味は薄れたようだが、昨日の対応が気に食わなかったのか、彼女の仕事のほとんどを押し付けられたのだ。上司はもちろん見ないフリ。社長令嬢の繭に誰も意見は出来ない。

 食事は待たなくていいと連絡しておいたのだが、携帯を全く見ない彼は律儀に待っていてくれたようだ。テーブルに二人分の皿が乗ってラップされている。

「待っててくださったんですね……。すみません、遅くなってしまって」
「大丈夫。絵を描いてたから。全然お腹空いてないよ」

 綺麗な瞳でそう言い切ってくれた。その優しさに心が揺れて、何かが身体の中から込み上げてくる。
 今まで平気だったのに。一人の時はこんなことがあっても大丈夫だったのに。どうしてか涙が溢れ出てきた。

「おいで」

 ふらふらと彼に近づいていくと、彼が広げた両腕が私をそっと閉じ込めた。
外の空気で冷えていた身体が、ゆっくりと彼の体温で温められていく。

「……あったかい」
「毎日お仕事頑張ってて偉い」
「そうでしょうか」
「仕事してるだけで偉いよ」
「東条さんの絵もお仕事でしょう? 家事もしてくださって、感謝してます」
「はは。お役に立てて光栄です」

 優しくて少し低い声が、彼の胸板越しに耳に響く。彼からする油絵の具の匂いが、今は切なく心を温める。

「あの子……繭は、妹じゃ、ないんです。本当は、従姉妹で……」
「うん」

 そうしてポツリポツリと、少しだけ、繭との確執を打ち明けた。聡さんはただ落ち着いた声で時々相槌を打ち、ただずっと話を聞いてくれた。抱き寄せる腕の力が、時折グッと強くなるのが、心地よくて嬉しかった。
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