海辺で拾った美男子は住所不定無職!?養っていたら溺愛されました
「!?」
驚きすぎて声が出ない。伸びていた髪はバッサリと切って、前髪をあげ、整った顔立ちがより際立っている。初めて見るスーツ姿は後光が差すほどかっこよく、輝いて見えた。
今から別の人のお嫁さんになろうとしているのに。こんな時にかっこよく現れるなんて。ずるい。
思わず泣きそうになる自分を叱咤して、彼を見ないように歩き出した。だが、「灯」と呼び止められる。優しく手を取り「待って」と一緒に住んでいた頃と同じ、温かい少し低い声で言われて、完全に脱力してしまった。
「貴方は一体どなたでしょうか。私の義娘に何の御用ですか?」
叔父が厳しい口調で問う。
彼は、あの少し垂れた瞳を叔父に向けて、人懐っこい笑みを浮かべた。
「初めまして。私は東条聡と申します。東条ホールディングスから参りました。少し、灯さんとお話させていただいても?」
「!」
「あ、ああ。手短にお願いいたします。これから得意先に出向く予定がありますので」
叔父は大企業の東条ホールディングスの名が出ても怯まず、私を守ろうとしてくれた。私は画家だと思っていた彼の別の顔を知り、混乱していた。
東条ホールディングスといえば、国内飲料水メーカーの最大手だ。知らない人なんて存在しない。大企業である。その社名と同じ、「東条」の名を名乗り、明らかに役員以上が使用するであろう黒塗りの高級車で現れた聡さん。一体何者なのか。
混乱する頭を整理する暇もないまま、聡さんは耳を疑うようなことを口にした。
「小笹コーポレーションの損失は、我が東条ホールディングスが肩代わりします。その代わり、小笹灯さんに結婚を申し込みたい」
「!?」
「い、今なんと!?」
「……ここでは落ち着いてお話できませんね?」
「で、では、どうぞ、こちらへ」
叔父の案内で再び社内に戻る。ロビーにいた繭が驚いた顔で私を見ていた……。
私たちは社長室に舞い戻り、そこで、驚くべき真実を知る。
「私の父は、東条ホールディングスのCEOをしています。私はここ数年、父の会社から離れていましたが……、この度戻りまして後を継ぐことになりました」
「な、なんと……!」
聡さんはなんと東条ホールディングスの御曹司だった。叔父は驚き、絶句している。そんな大企業の次期CEOが、何故私の元へきたのか。
「実はつい先日まで、私は灯さんとお付き合いをしていました」
「! 本当か!? 灯!?」
叔父の問いに答えられない。そうだと言えば、会社の為に私が犠牲になろうとしたことを叔父は悔やむ。
「灯さんは『叔父さんに恩返しがしたい』と言っていました。相模原商事の社長との結婚が、会社の助けになるからと。私は耐えられなかった。彼女と離れたくない。ですから自宅に帰り、小笹コーポレーションの負債を肩代わりし灯さんに結婚を申し込むことを条件に、父の会社を継ぐことにしました」
彼のことを探していたご両親に、彼は後を継ぐ条件として、「小笹グループの窮地を救い、私を娶ること」を求めたそうだ。東条ホールディングスにとっては、私たちの損失額は痛くも痒くもないらしい。大事な一人息子が家庭を持つ気になってくれるならと、私との結婚も乗り気なのだと言った。
つまり、聡さんは、私のために身分を明かして守ってくれた。でもその代わり、彼の画家人生は終わってしまったのではないか……? 本当は家業を継ぐのは嫌だったのでは? 私の、せい?
評判の悪い相模原社長よりも聡さんの方が信頼できると感じたのか、叔父は涙を流して喜んだ。
私は社長室で二人の会話を聞きながら、彼の夢を奪ってしまったことに、衝撃を受けていた。