海辺で拾った美男子は住所不定無職!?養っていたら溺愛されました

 ぼうっと眺めていた海に、夕陽が沈みかけた頃だった。

「俺のこと、嫌いになった?」

 波の音に混じって、少し低い愛おしい声がする。幻聴が聞こえたのだと思った。すると、後ろから確かに「灯ちゃん」と彼の声がした。

「聡さん!?」

 見ると、ラフなシャツにジーンズを履いた、出会った頃のような姿の聡さんが砂浜を駆けてきていた。驚いている私に、説明してくれる。

「東条の力、使っちゃった。父が、なんでも言うこと聞いてくれるって言うから、お願いした。君と、結婚させて欲しいって。どうしても探し出したいって」

 信じられない。どうしよう。逃げなくちゃ。でも、見つけてくれたことに喜んでいる自分もいる。

「相模原とかいう男と同じ手を使ってるってわかってる。もし嫌なら逃げていい。でも、これだけは言わせて。君を、灯を愛してるんだ。ずっと一生、そばにいたい」
「でも、私のせいで、聡さんは絵を描く時間が! 画家としての活動が出来なくなったのに!?」
「あの絵を描いていた時わかった。俺は、あの絵を描くために、いや、君に出会うために、絵を描いてきたんだって。君がそばにいないと絵を描きたい気持ちさえ湧き上がらない。でも、君がそばにいてくれたらきっと、絵も続けて、会社も継いで頑張れる。君が、俺の原動力になる。無理なら、あの絵だけでもいいから欲しい。君を想いながら、俺は一人で生きて行くよ」
「そんな寂しいこと言わないでください!」

 冷えた肩に、彼の温かい手が乗せられる。

「俺のこと、好きじゃない? もう、嫌になった?」
「……好き、です」
「!」
「でも私、ちっともあなたに相応しくない」
「小笹グループのご令嬢だろう?」
「でも!」
「俺だってこの間まで自称画家の、家なし男だ」

 そう言う彼は、やっぱり優しい微笑みを携えていた。でもどこか不安そうな眼差しを向けてられて、私の心が「聡さんがいい」と叫ぶ。

「家出中で居場所がバレないようにクレジットカード類も使わないようにしてた。そうしたら手持ちの現金があっというまに無くなってしまって。金がなくて困ってた、ただの自称画家の男だよ」
「ふふふ、そうでした」

 私がやっと笑ったので、彼は安心したように一息ついた。波音が大きく聴こえる。
 降参だ。私はこの人の大きな愛から逃げられない。今はまだ、彼の愛に甘えてばかりだけど、その優しさに報いるだけの想いを返したい。
 聡さんと、生きていきたい。

 目尻から溢れた涙が、海風に流されて飛んでいく。

「逃げてしまってごめんなさい。聡さんの夢を、私が壊したんだと思ったら、耐えられなかった。でも、だけど、私っ」
「俺も、実家から逃げてた身だから。逃げたおかげで灯ちゃんに出会えた。逃げる事は悪い事じゃないよ」
「聡さん……」
「でも、ごめん。どこまででも追いかけたい。灯ちゃんを一人にしたくない。どうか、俺と一緒に生きてほしい」

 眉を下げ、垂れた瞳が潤んでいる。そんな顔で懇願されたら、誰だって断れない。やっぱり聡さんはずるい。

「結婚、してくれる?」
「はい。私でよかったら」

 夕日が沈みかけた浜辺で、私たちの影は一つに重なった。

END
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