海辺で拾った美男子は住所不定無職!?養っていたら溺愛されました
*
あれから何度目かの、新緑の季節。
私は悪夢を目の当たりにしている。
「んんッ! 雅人さんっ」
「繭ちゃん!」
職場に忘れ物を取りに来た。終業時間を過ぎて夜遅い為、もう誰も残っていないだろうと思っていたら、見知った声が聞こえて驚いた。暗いオフィスに響いているのは、猫を被った時の繭の声。お相手は、私がお付き合いしているはずの伊与田雅人の声だ。雅人さんは私の直属の上司だが、つい先日雅人さんから告白されて快諾したばかり。私の彼氏だと思っていたが、違ったのだろうか。
繭はアパレル関係のオシャレな会社に就職したが最近退職し、先週から私も勤めている『小笹コーポレーション』に転職した。叔父の経営している会社だ。社長令嬢の繭の入社は社内で話題になった。雅人さんも当然聞いていたはず。……予感はしていた。幸せな日常が続いたら、繭に壊される──。
「ふふっ。雅人さんキス上手だね♡ でも灯にバレたらまずいんじゃない? 付き合ってるんでしょ?」
その一言で、頭をガツンと殴られたような衝撃が走る。一方で「ああ、またか」と諦観した気持ちにもなった。繭は私と雅人さんが付き合っていると知っていて近づいたのだ。暗くてよく見えないが、二人の影が重なって時折「はぁ」と息が漏れる音が聞こえる。
もしかしたら、彼の先日の告白は嘘だったのだろうか。最初から繭と共謀して私を嵌めるつもりだったのだろうか。しかし告白されたのは繭が前の会社を転職する前だ。一体いつから二人は……。
混乱しながら必死に考えていると、雅人さんの声で信じられない言葉が発せられた。
「灯は社長の養女だって言うから近づいただけだよ。陰気くさいしいつも受け身でさ、付き合ってても全然つまんない」
「ひっどーい! 一応、繭のお姉ちゃんなんだけどー?」
「ごめんごめん。今は繭ちゃんに夢中だから良いじゃん」
「えー♡ 嬉しい! 雅人さん、だーいすき!」
声が出そうになり慌てて口に手を当てる。涙が滲む。悔しい。雅人さんを彼氏だと思っていたのは、私だけだったのかもしれない。
彼は私を「社長の親族」としか見ていなかったのだと知って、悲しみよりも諦めが心を支配していく。付き合い始めてまだ一ヶ月も経っていないし、デートも数回しただけ。社内の誰にも言わないで隠していたつもりだったのに、もう繭に気づかれて、取られてしまった。
やっぱり私には、そういう「幸せ」は無縁だったのだ。
私は二人に気づかれぬように、そっと職場を後にした。繭がこちらを横目で見て笑っていたのは気づかないまま。
あれから何度目かの、新緑の季節。
私は悪夢を目の当たりにしている。
「んんッ! 雅人さんっ」
「繭ちゃん!」
職場に忘れ物を取りに来た。終業時間を過ぎて夜遅い為、もう誰も残っていないだろうと思っていたら、見知った声が聞こえて驚いた。暗いオフィスに響いているのは、猫を被った時の繭の声。お相手は、私がお付き合いしているはずの伊与田雅人の声だ。雅人さんは私の直属の上司だが、つい先日雅人さんから告白されて快諾したばかり。私の彼氏だと思っていたが、違ったのだろうか。
繭はアパレル関係のオシャレな会社に就職したが最近退職し、先週から私も勤めている『小笹コーポレーション』に転職した。叔父の経営している会社だ。社長令嬢の繭の入社は社内で話題になった。雅人さんも当然聞いていたはず。……予感はしていた。幸せな日常が続いたら、繭に壊される──。
「ふふっ。雅人さんキス上手だね♡ でも灯にバレたらまずいんじゃない? 付き合ってるんでしょ?」
その一言で、頭をガツンと殴られたような衝撃が走る。一方で「ああ、またか」と諦観した気持ちにもなった。繭は私と雅人さんが付き合っていると知っていて近づいたのだ。暗くてよく見えないが、二人の影が重なって時折「はぁ」と息が漏れる音が聞こえる。
もしかしたら、彼の先日の告白は嘘だったのだろうか。最初から繭と共謀して私を嵌めるつもりだったのだろうか。しかし告白されたのは繭が前の会社を転職する前だ。一体いつから二人は……。
混乱しながら必死に考えていると、雅人さんの声で信じられない言葉が発せられた。
「灯は社長の養女だって言うから近づいただけだよ。陰気くさいしいつも受け身でさ、付き合ってても全然つまんない」
「ひっどーい! 一応、繭のお姉ちゃんなんだけどー?」
「ごめんごめん。今は繭ちゃんに夢中だから良いじゃん」
「えー♡ 嬉しい! 雅人さん、だーいすき!」
声が出そうになり慌てて口に手を当てる。涙が滲む。悔しい。雅人さんを彼氏だと思っていたのは、私だけだったのかもしれない。
彼は私を「社長の親族」としか見ていなかったのだと知って、悲しみよりも諦めが心を支配していく。付き合い始めてまだ一ヶ月も経っていないし、デートも数回しただけ。社内の誰にも言わないで隠していたつもりだったのに、もう繭に気づかれて、取られてしまった。
やっぱり私には、そういう「幸せ」は無縁だったのだ。
私は二人に気づかれぬように、そっと職場を後にした。繭がこちらを横目で見て笑っていたのは気づかないまま。