海辺で拾った美男子は住所不定無職!?養っていたら溺愛されました
高校卒業後、小笹の家を出て一人暮らしを始めた。叔父はとても心配してくれたが、繭と会わなくて済むのは素直に嬉しかった。遠方の大学に入学し、学費や生活費は自分でアルバイトをして稼いだ。叔父は援助すると申し出てくれたが、断った。学業との両立は大変で遊ぶ暇などなかったが、充実した日々だった。
就職先は叔父の経営する『小笹コーポレーション』に決めた。輸入食品の卸売業および運搬、一部店舗も経営する上場企業だ。叔父の会社に勤めれば、叔父に直接恩返しができると思ったし、何か役に立てるのではと思ったからだ。とはいえ、面接で落とされるかヒヤヒヤしたが、叔父が口利きをしてくれたらしく採用された。
実際に就職してみると、私にできることは少なくて、最初は雑用係のような仕事ばかり。でも、叔父のため、恩返しのため、任された仕事はきっちりこなし、コツコツとできる仕事を増やしていった。
そんな私の努力を見つけてくれたのが、雅人さんだった。
『いつも遅くまで頑張ってるね』
たったそれだけの、その言葉が、嬉しくて。
好意を打ち明けられた日は戸惑ったけれど、付き合うと返事をしたら喜んでくれて。
全部、嘘だったのだろうか。
初めてのお付き合いだった。だから関係がゆっくりしか進まないのも大事にされているのだと思っていた。地味な見た目を少しでも変えようと明るい色の服を選んだし、高めの身長を気にして低いヒールの靴を買って、彼より身長が高くならないように気をつけた。雅人さんは私の少しの変化には気づいてはくれなかったけれど。
私は彼と一緒にいると楽しかった。数回のデートしかしていない関係だったけれど。
全部、偽りの時間だったのだろうか。
***
信じられない気持ちで自宅に帰りつくと、一言『別れよう』と雅人さんからメッセージがきた。
やっぱりな、と小さくつぶやいて、電気もつけずに座り込む。慈悲に光るその画面をぼうっと眺めていたら、いつの間にか朝日が差してきた。今日は休日。このまま家にいると、繭が勝ち誇ったような顔でここにやってくる気がした。それだけは耐えられない。ふらふらと当てもなく出かけることにした。
会社とは逆方向の電車に乗る。
周りには携帯を見ている人ばかり。景色を楽しむ人は少ない。私も周りに倣って携帯を見るが、彼のメッセージを開いてしまえばここで泣いてしまうかもしれないと思った。そこで、いつも見ているSNSを開く。『SATO』という人の絵の写真が、沢山アップされているアカウントだ。今時のデジタルアートではなく、おそらくキャンパスに油絵の具で描いたであろう絵の写真が、数日や数週間おきにポツリポツリとアップされる。風景画がほとんどだが、その大胆で美しいタッチは見ていて心が落ち着いた。
美術部にいた頃に描いた絵を思い出した。あの作品は繭にボロボロにされてしまったけれど。
ザザーン ザザーン
一人暮らしのアパートから電車で三十分揺られると、海が見えて来た。さっき見た『SATO』の絵にも海の絵があった。海を眺めたくなり、突然思い立って見知らぬ駅で降りる。海の方へひたすら歩き、砂浜に降り立った。まだ海水浴には早い為、他に誰もいない。一人になりたかった私は、それからずっと波を見ていた。
それからどれくらい時間が経っただろう。さっきまであんなに輝いていた夕日はもう水平線に沈んでしまった。不思議とお腹も空いていない。心も身体も空っぽになった気分だ。ふと、フラフラと立ち上がり靴を脱ぐ。砂のざらざらした感触を足の裏に感じながら、波打ち際に立った。風が強い。髪の毛が塩水を含んだ風に煽られる。
ザザーン ザザーン
寄せては返す波を、じっと見つめる。夜の帳が降り始め、闇色に染まり始めた海が呼んでいる気がしてくる。
このままここへ吸い込まれて、海の藻屑になってしまえたら──。
就職先は叔父の経営する『小笹コーポレーション』に決めた。輸入食品の卸売業および運搬、一部店舗も経営する上場企業だ。叔父の会社に勤めれば、叔父に直接恩返しができると思ったし、何か役に立てるのではと思ったからだ。とはいえ、面接で落とされるかヒヤヒヤしたが、叔父が口利きをしてくれたらしく採用された。
実際に就職してみると、私にできることは少なくて、最初は雑用係のような仕事ばかり。でも、叔父のため、恩返しのため、任された仕事はきっちりこなし、コツコツとできる仕事を増やしていった。
そんな私の努力を見つけてくれたのが、雅人さんだった。
『いつも遅くまで頑張ってるね』
たったそれだけの、その言葉が、嬉しくて。
好意を打ち明けられた日は戸惑ったけれど、付き合うと返事をしたら喜んでくれて。
全部、嘘だったのだろうか。
初めてのお付き合いだった。だから関係がゆっくりしか進まないのも大事にされているのだと思っていた。地味な見た目を少しでも変えようと明るい色の服を選んだし、高めの身長を気にして低いヒールの靴を買って、彼より身長が高くならないように気をつけた。雅人さんは私の少しの変化には気づいてはくれなかったけれど。
私は彼と一緒にいると楽しかった。数回のデートしかしていない関係だったけれど。
全部、偽りの時間だったのだろうか。
***
信じられない気持ちで自宅に帰りつくと、一言『別れよう』と雅人さんからメッセージがきた。
やっぱりな、と小さくつぶやいて、電気もつけずに座り込む。慈悲に光るその画面をぼうっと眺めていたら、いつの間にか朝日が差してきた。今日は休日。このまま家にいると、繭が勝ち誇ったような顔でここにやってくる気がした。それだけは耐えられない。ふらふらと当てもなく出かけることにした。
会社とは逆方向の電車に乗る。
周りには携帯を見ている人ばかり。景色を楽しむ人は少ない。私も周りに倣って携帯を見るが、彼のメッセージを開いてしまえばここで泣いてしまうかもしれないと思った。そこで、いつも見ているSNSを開く。『SATO』という人の絵の写真が、沢山アップされているアカウントだ。今時のデジタルアートではなく、おそらくキャンパスに油絵の具で描いたであろう絵の写真が、数日や数週間おきにポツリポツリとアップされる。風景画がほとんどだが、その大胆で美しいタッチは見ていて心が落ち着いた。
美術部にいた頃に描いた絵を思い出した。あの作品は繭にボロボロにされてしまったけれど。
ザザーン ザザーン
一人暮らしのアパートから電車で三十分揺られると、海が見えて来た。さっき見た『SATO』の絵にも海の絵があった。海を眺めたくなり、突然思い立って見知らぬ駅で降りる。海の方へひたすら歩き、砂浜に降り立った。まだ海水浴には早い為、他に誰もいない。一人になりたかった私は、それからずっと波を見ていた。
それからどれくらい時間が経っただろう。さっきまであんなに輝いていた夕日はもう水平線に沈んでしまった。不思議とお腹も空いていない。心も身体も空っぽになった気分だ。ふと、フラフラと立ち上がり靴を脱ぐ。砂のざらざらした感触を足の裏に感じながら、波打ち際に立った。風が強い。髪の毛が塩水を含んだ風に煽られる。
ザザーン ザザーン
寄せては返す波を、じっと見つめる。夜の帳が降り始め、闇色に染まり始めた海が呼んでいる気がしてくる。
このままここへ吸い込まれて、海の藻屑になってしまえたら──。