海辺で拾った美男子は住所不定無職!?養っていたら溺愛されました
「ちょ、ちょっと! ちょっと待って!」
「?」
「ねぇ! 止まって! 待って!」

 後ろから誰かが叫んでいる。振り向くと、一人の男性が慌てて駆けて来た。どうしたのだろう? 何か落とし物でもしたのかしら。
 彼は一目散に私に向かって走ってきたかと思うと、私の手首をガシッと掴んだ。その手が温かくて、ずっと浜辺にいた自分が随分冷えていたことに気づく。彼が勢いよく私を引っ張るので、私はよろけてしまった。

「キャッ」
「わぁ! だ、大丈夫?」
「は、はい。すみません」

 男性は、転びそうになった私を支えてくれた。そこでやっと彼をしっかりと見た。
 私より随分高い身長で、綺麗な長髪を一つにまとめている。切れ長だけど少し垂れた瞳が印象的な、整った顔立ち。しかもモデルのような体型の男性だ。使い古したくったりとした白シャツとチノパンという、とてもシンプルなスタイルだが、なんだか様になっている。知り合いではなさそうだ。なぜ私に声をかけてきたのだろう。彼の子犬のようなキラキラした瞳は、私を心配そうに見つめていた。

「……あの……えっと……」

 困ったように言い淀む彼に、「何か、お探し物ですか? お手伝いしましょうか?」と尋ねた。すると「え?」とキョトンとしたあと、すぐに恥ずかしそうにはにかんだ。なんだか可愛い男の人だな、と思わず微笑んでしまう。

「すみません! 勘違いだったみたいです。……君が、海にそのまま歩いていきそうだったから、心配になって、つい」
「! あっ、すみません! 心配してくださったんですね……」

 どうやら私が海に身を投げるつもりだと思ったようだ。
 そう言われて初めて、自分が海に入ろうとしていたことに気づいた。靴を脱ぎ、まっすぐ波の方へ歩いていた。私は、なんてことを……。

「勘違い、だったかな?」
「……全然、そんなつもりはなかったはずなんですが、でも、もしかしたらそのまま海に入りたくなってたかもしれないです。止めてくださってありがとうございました」

 苦笑いのように苦し紛れに笑って返す。だが自分の突発的な愚かな行いに気づいたせいか、それとも身体が冷え切っていたせいか、急に身体がガタガタと震え始めた。
 彼はそんな私に気づいて、長い腕を伸ばすと私を包み込むように抱き締めてくれた。

 人に抱き締められたのはいつぶりだろう。
 両親が生きていた頃だとしたら、もう十年以上前だ。叔父夫婦には甘えられなかった。繭のことで悩んでいるうちに時は過ぎてしまって。雅人さんと触れ合う機会もなくお別れしてしまって。
 人の温もりに久しぶりに触れて、胸がじんわりと温まる。そして込み上げる何かに抗えず、私は頬を濡らした。
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