海辺で拾った美男子は住所不定無職!?養っていたら溺愛されました
2
「そろそろ手元が見えづらいのでは?」

 彼は真剣に手を動かし続けているが、ここは浜辺で街灯もなく、どんどん真っ暗になってきた。モデルの私もきっとよく見えていないだろう。彼は携帯の明かりを頼りに描いていたが、そろそろ限界だと思った。

「そうだな。今日はここまで、かな」
「真っ暗になってきましたね。……モデルなんて初めてで、楽しかったです」
「また是非、書かせてほしい。明日にでも!」
「ふふっ。私でよければ」

 そう答えると、彼は嬉しそうな声で笑った。暗いので顔はあまりよく見えないが、整った顔を見なくて済むので緊張せずに会話できた。

「俺は東条聡(とうじょうさとる)。また明日、ここで会えるかな?」

 お世辞かと思っていたら、本当に明日もモデルをしてほしいようだ。明日も日曜日だから仕事は休み。可能だけど、また浜辺でいいのか気になった。

「私は小笹灯と申します。明日も仕事は休みなので大丈夫ですが、ここからご自宅は近いんですか? 浜辺だと風も強いですしスケッチブックも湿って描きづらくはないですか?」
「うーん。この辺り詳しくなくて」
「え? ご自宅は遠いんですか? 電車でしたら私も駅に……」
「あ、いやいや! なんていうか、今日は電車に乗らないから、大丈夫」
「?」

 自宅はこの辺りにないのに、電車に乗らずに帰る……。バス通りはここからとても遠いし、タクシーも駅まで歩かないと来ないだろう。観光でこの辺りに来たのだろうか。ホテルが近くにあったかな、と思案していたところ、言いにくそうに東条さんは呟いた。

「……今日は、この浜辺で夜を過ごそうと思ってる」
「ええ!?」
「今ちょっと事情があって。家がないんだ」

 爽やかな笑顔で、東条さんはそう言い切った。イケメンはどんなセリフも決まるんだな、と妙に納得する。しかし、「家がない」とはどういう意味だろう。

「ご自宅が遠くて帰る手段がなくなったということですか?」

 絵を描くあまり夢中になって終電を逃したのだろうか。まだ電車は動いている時間だが不安になりそう尋ねた。しかし東条さんは「違うよ。気にしないで」と曖昧に微笑む。では本当に家がないという意味か。

「今日泊まれるホテルを探しましょうか?」
「いやいいんだ。恥ずかしながらあまり手持ちがなくて。寝袋も持ってるし」

 何を聞いても曖昧に笑うので、何か事情があるのだろう。SNSで話題の画家だとしても、生活費には困っているのかもしれない。駅までは送ってくれるというので二人で夜道をゆっくりと歩く。その間も色々思考を巡らせながらポツリポツリと会話をした。彼自身のことはあまり語ってはくれないけれど、「絵を描くことが好き」なのは伝わってくる。

 駅の入り口に立ち、「じゃあここで。また明日、会えるのを楽しみにしてるね」と東条さんが手を振った。

 子犬のような潤んだ瞳が、少し寂しそうに私を見つめる。ここで別れてしまうのは、なんだか非人道的なような気がしてしまう。脳内でもう一人の私が、「ダメだ、危険だ、やめておいた方が」と警告を鳴らす。

「あの……もしよかったら──」

 普段の私では言わないであろう提案が、何故か勢いで口から飛びだしていた。
< 7 / 26 >

この作品をシェア

pagetop