『運命の相手』を探すあなたと落選した私
ノックの音に、「どうぞ」という返事が来る。
扉を開けて中へ入れば、五年前と変わりないルシアンの部屋がそこにあった。
王都で早々に嫁を見つけて戻るつもりだったのか。それとも王都へ行くと決めた瞬間、居ても立ってもいられなくて飛び出すようにして村を発ったのか。
そんなふうに、十五歳のルシアンの姿に思いを馳せていたからだろう。
私は目に映ったルシアンのベッドに腰掛ける美しい青年に、酷く動揺した。
銀糸を思わせる髪に、サファイアのような澄んだ青い瞳。その色合いは確かに記憶にあるルシアンのもの。
けれど一瞬、まったくの別人に見えてしまった。
もっと言えば、私はまた、ルシアンに一目惚れしてしまった。
(私も本当、懲りないわね)
でも、そうなるのも仕方がない部分があると思う。ルシアンはあまりに容姿が整っている。
それもそのはず。彼の両親は騎士と貴族のお嬢様で、駆け落ちしてロッソ村まで来たという話だ。私に限らず、村で年頃の娘は誰もが一度は彼に淡い恋心を抱いたに違いない。
一方、ルシアンはその誰にも目もくれなかった。
彼の両親の出身を考えれば、「村を出て、運命の相手を探しに行きたい」というルシアンの言葉も納得だ。きっとその通り、彼と似合いの麗しい容姿の相手がどこかにいるだろう。
髪も瞳も茶というパッとしない私たち村娘では到底釣り合わない。だから私以外の娘は早々に現実を見て、ルシアンではない男性と結婚した。
半年後に三度目の失恋をすれば、さすがに私も懲りるだろうか。まあそれが無理でもあと数年で結婚適齢期は過ぎる。そうすれば否応なく彼を諦められるだろう。
だからそれまでは――せめて『ルシアンの幼馴染み』のままでいたい。
「ルシアン」
「私はルシアンの幼馴染み」。そう心の中で唱え、私は平然を装って彼の名を呼んだ。
私の声に反応したルシアンが、焦点の合わない目でこちらを見上げてくる。
「ああ、カエナ」
だからそう返してきた彼に、「えっ」と声を上げてしまった。
「どのくらい見えているの?」
聞いていたより軽症だったのだろうか。私は彼の側に歩み寄りながら尋ねた。
「まったく見えないな。月のない夜みたいだ」
人の気配を辿っているのだろう、ルシアンの顔は私の動きに合わせて動くものの、やはり目の焦点は合っていない。まったく見えないという彼の回答に嘘はなさそうだ。
だからこそ私は首を傾げた。
「よく私だとわかったわね」
「そりゃあ耳は問題ないから。声を聞けばわかるさ」
「……っ」
当然だというように言ったルシアンは知らないだろう。今、私の心を大きく揺さぶったということを。
目が見えていたなら、「あなたが好きで堪らない」という顔を眼前に晒してしまっていたことを。
(ああ、もう……不意打ち!)
私の声を覚えていてくれた。私のことを忘れないでいてくれた。
私が特別というわけじゃないことは、わかっている。ある程度交流のあった人たちなら皆、「声を聞けばわかる」対象なんだろうとは思う。
それでも……舞い上がるほどに、私の胸は歓喜でいっぱいだった。
そんな爆発しそうな感情をどうにか押さえて、再び平然を装う。
「……まったく見えないのに、随分、落ち着いているのね」
「半年後にはある程度まで快復すると聞いているからな。前例が何件もあるっていうのも、落ち着いていられる理由かな。軽い風邪くらいではいちいち大騒ぎしないだろう? それと同じ」
「それと同じって……」
一時的とはいえ盲目なんて、風邪と比較していいようなレベルではないと思うのだけれど。
「ははは。あの騎士団に二年もいれば図太い神経にもなるよ。二の腕から下を魔物に食べられた先輩が、神殿に行って帰ってきたら新しい腕が生えているんだから」
「それは……なるほど」
そんな衝撃体験をしているのなら、治るのがわかっている盲目も「ゆっくり療養」くらいの感覚になるのかもしれない。そういうことにしておこう。
扉を開けて中へ入れば、五年前と変わりないルシアンの部屋がそこにあった。
王都で早々に嫁を見つけて戻るつもりだったのか。それとも王都へ行くと決めた瞬間、居ても立ってもいられなくて飛び出すようにして村を発ったのか。
そんなふうに、十五歳のルシアンの姿に思いを馳せていたからだろう。
私は目に映ったルシアンのベッドに腰掛ける美しい青年に、酷く動揺した。
銀糸を思わせる髪に、サファイアのような澄んだ青い瞳。その色合いは確かに記憶にあるルシアンのもの。
けれど一瞬、まったくの別人に見えてしまった。
もっと言えば、私はまた、ルシアンに一目惚れしてしまった。
(私も本当、懲りないわね)
でも、そうなるのも仕方がない部分があると思う。ルシアンはあまりに容姿が整っている。
それもそのはず。彼の両親は騎士と貴族のお嬢様で、駆け落ちしてロッソ村まで来たという話だ。私に限らず、村で年頃の娘は誰もが一度は彼に淡い恋心を抱いたに違いない。
一方、ルシアンはその誰にも目もくれなかった。
彼の両親の出身を考えれば、「村を出て、運命の相手を探しに行きたい」というルシアンの言葉も納得だ。きっとその通り、彼と似合いの麗しい容姿の相手がどこかにいるだろう。
髪も瞳も茶というパッとしない私たち村娘では到底釣り合わない。だから私以外の娘は早々に現実を見て、ルシアンではない男性と結婚した。
半年後に三度目の失恋をすれば、さすがに私も懲りるだろうか。まあそれが無理でもあと数年で結婚適齢期は過ぎる。そうすれば否応なく彼を諦められるだろう。
だからそれまでは――せめて『ルシアンの幼馴染み』のままでいたい。
「ルシアン」
「私はルシアンの幼馴染み」。そう心の中で唱え、私は平然を装って彼の名を呼んだ。
私の声に反応したルシアンが、焦点の合わない目でこちらを見上げてくる。
「ああ、カエナ」
だからそう返してきた彼に、「えっ」と声を上げてしまった。
「どのくらい見えているの?」
聞いていたより軽症だったのだろうか。私は彼の側に歩み寄りながら尋ねた。
「まったく見えないな。月のない夜みたいだ」
人の気配を辿っているのだろう、ルシアンの顔は私の動きに合わせて動くものの、やはり目の焦点は合っていない。まったく見えないという彼の回答に嘘はなさそうだ。
だからこそ私は首を傾げた。
「よく私だとわかったわね」
「そりゃあ耳は問題ないから。声を聞けばわかるさ」
「……っ」
当然だというように言ったルシアンは知らないだろう。今、私の心を大きく揺さぶったということを。
目が見えていたなら、「あなたが好きで堪らない」という顔を眼前に晒してしまっていたことを。
(ああ、もう……不意打ち!)
私の声を覚えていてくれた。私のことを忘れないでいてくれた。
私が特別というわけじゃないことは、わかっている。ある程度交流のあった人たちなら皆、「声を聞けばわかる」対象なんだろうとは思う。
それでも……舞い上がるほどに、私の胸は歓喜でいっぱいだった。
そんな爆発しそうな感情をどうにか押さえて、再び平然を装う。
「……まったく見えないのに、随分、落ち着いているのね」
「半年後にはある程度まで快復すると聞いているからな。前例が何件もあるっていうのも、落ち着いていられる理由かな。軽い風邪くらいではいちいち大騒ぎしないだろう? それと同じ」
「それと同じって……」
一時的とはいえ盲目なんて、風邪と比較していいようなレベルではないと思うのだけれど。
「ははは。あの騎士団に二年もいれば図太い神経にもなるよ。二の腕から下を魔物に食べられた先輩が、神殿に行って帰ってきたら新しい腕が生えているんだから」
「それは……なるほど」
そんな衝撃体験をしているのなら、治るのがわかっている盲目も「ゆっくり療養」くらいの感覚になるのかもしれない。そういうことにしておこう。