『運命の相手』を探すあなたと落選した私
「カエナは俺の薬を持ってきたんだよな?」
「ええ」

 ルシアンがパシパシとベッドを叩く。昔と変わらない、自分の隣に座るようにという合図だ。
 私とは違い、ルシアンの言動は本当に幼馴染みに対するそれだ。その落差に躊躇(ためら)いながらも、結局私は彼の隣に腰掛けた。

「ロッソ村で薬と聞いて、カエナのお母さんの世話になると思ってた。隣が薬師の家だから自宅にいられるなんて、これ以上の療養先はないよな」

 薬の話題が出たことで、ベルトポーチの中を探ろうとした手が思わず止まる。
 そうしてしまったことに気づいて、私は慌てて再び手を動かした。

「あ……お母さんは、一昨年に病気で亡くなったの。今は私が後を()いでる」
「え」

 努めて自然に事実として伝えたつもりだったが、失敗したようだ。

「……その、……ごめん」

 ルシアンは(ちん)(つう)な面持ちで私の(ひじ)辺りに触れた。
 その仕草に、彼の癖を思い出す。
 彼は私が落ち込んだとき、(はげ)ます際に私の肩に手を置いていた。おそらく今も、本当は肩に手をやるつもりだったのだろう。
 ルシアンの「ごめん」には無神経な発言をしたという他に、きっと「大変なときに独りにさせて」という意味が含まれていた。幼馴染みとしての情とはわかっているけれど、それでもつい鼓動が早くなるほど嬉しかった。

「大丈夫、気にしないで。もう、一昨年の話よ。昨日までの村の話題はレクソンさんとこの三人目の孫の話で、今日からはあなた一色だわ」
(がい)(せん)じゃなくて出戻りで話題の中心とか、勘弁してくれよ」

 重くなった空気を(ふつ)(しよく)するように軽口を言えば、ルシアンがそれに乗ってくれる。
 こういうところも、昔から変わっていない。

「でも、幾ら自宅だからといって、目が見えないのに一人暮らしなんて無茶する?」
「自分の部屋なら見えなくても大体家具の位置とかわかるし、食事も薬を持ってきてくれるときに一緒に運んできてくれると期待してた」

 悪びれた様子もなく、ルシアンがそう返してくる。
 少し惜しい気持ちがあったが、私は私の肘に触れていたルシアンの手に粉薬の包みを握らせた。それが何かをすぐに把握した彼が、迷いのない手つきでサイドテーブルの水差しに手を伸ばす。
 見えなくとも大体の家具の位置がわかるというのは、本当のようだ。
 やはり迷いのない手つきで粉薬を飲むルシアンの横顔を(なが)める。
 ルシアンの両親は、彼が王都へ発つ前に亡くなっている。そのことも、彼が村を出て行くのを後押ししたのだろう。仲の良い夫婦を見て育ったルシアンは、自分もそういう家庭を築くことに強く憧れていたようだったから。
 だから間違いなく、目が治れば彼は再び運命の相手を探す旅に出てしまう。

「……もういっそ、あなたの家に泊まって作業しようかしら」

 後ろ暗い気持ちを隠して、ここまでの軽口の続きのように私は自分の願望を口にした。
 サイドテーブルに水差しを戻したルシアンが、飲み終わった粉薬の包み紙を(くず)(かご)に正確に入れながら私を振り返る。

「俺はそれでもいいぜ。父さんたちの部屋が空いてるし、どうせ食事は俺の部屋で食べるからキッチンに機材を持ち込んでもいい」

 彼は拍子抜けするほど簡単に、許可を出してきた。

「おばさんがいないってことは、カエナも一人暮らしだろ。周りに誰もいないよりは、俺でも近くにいた方が安全じゃないか? そういう点でも良い案だと思う」
「……そう? じゃあお言葉に甘えてしばらくお世話になるわ」
「まあ世話になるのは俺だけど」
「違いない」

 二人同時に笑って。けれど、私のは半分以上が苦笑いだった。「自分は安全」だと言い切ってしまうルシアンに、寂しさを感じてしまったから。
 彼がよかれと思って、()えてそう言ってくれたのはわかっている。そんな善人な彼の環境につけ込んで、家に上がり込もうとしている私が一方的に悪い。

「じゃあ早速、機材と日用品を運んでくるわ」

 苦笑いがバレないうちに、私はベッドから立ち上がった。
 罪悪感があるくせに嬉しくて堪らないと私の心臓が早鐘を打つのを、彼に知られるわけにはいかなかった。
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