騙されて全てを奪われかけたけれど、思いのほか過保護な弁護士と敏腕CEO の力で解決 しそうです? ~強面CEO は甘い物と可愛いものがお好き~
5.決着に向けて
その日から店や家には戻らず、仕事道具だけ持ってホテルに避難することにした。強行に出る可能性もあるとのことで神堂先生の助言に従って、ホテルの最上階にある特別サロンで私は仕事を黙々とこなす。恐ろしいことにリュカさんは私の仕事のためと、最上階フロアを一カ月間全て貸し切りにしてしまった。
見晴らしの良い席に座りながら仕事道具を出しつつ、黙々と羊毛フェルトを作り上げる私と、それをウットリとした顔で見ているリュカさん……という不思議な空間が、できあがっていた。
なにこのカオスな状況……。
リュカさんは、時々ノートパソコンに視線を向けて操作することがあるものの、殆どは私の作業を眺めている。
というか、彼が大手物流業企業のCEOだと聞いた時は「私はまた騙されているのかしら?」と思ってしまったほどだ。
「こうやってできあがっているのを見ることができて、幸せすぎる。彩葉センセーの両手は魔法そのものだ。Mignon. Adorable.」
時々フランス語を呟いているけれど、褒められている?
休憩を挟む時に、リュカさんとは色んな話をした。その中でも日本の可愛らしいアンティークや、羊毛フェルト、小物類などのハンドメイド全般になると盛り上がった。特にファンタジーに出てきそうな幻想的な小物は、海外でも人気なんだとか。
「日本の細やかな作りは海外では人気だし、私としては、あのモフモフはいいと思う。特に三毛猫シリーズは可愛いし、十二の月ごとのセットとか統一感があって、お洒落だ」
「でしたら十二だと季節ごとに、いろんな物を持たせるのもいいかも。リュカさんは三毛猫派なのね」
「昔飼っていた猫が三毛猫でね。だから彩葉センセーの羊毛フェルトを見た時、嬉しかったし、暗かった家が少しずつ明るくなったのも、先生のおかげのようなものだ」
「そんな大層なことは……。でも私の作った物がキッカケになったのなら嬉しい」
「Mignon. Adorable」
やっぱり褒められている感じ?
それにしても本当に可愛い物が好きなのね。こんな綺麗な人がモフモフの可愛い物が好きって意外だけれど、似合いそう。
「彩葉センセー?」
「今回は私の事情に巻き込んでいますし、何かお礼……。そうです、リュカさんは抱き枕とか興味ありません?」
「え」
リュカさんは予想外の提案だったのか目を丸くして、頬を染めていた。
「あ、やっぱり可愛すぎるもので、抱き枕よりは」
「いいのかい!?」
「え、あ、はい」
やっぱり作るとしたら、モフモフの三毛猫かしら。リュカさんの背丈を考えると細長いほうがいいかしら?
それともクッション風?
パジャマ姿を想像したら微笑ましくなっちゃった。
「彩葉センセー、いや彩葉……」
「は、はい?」
唐突に真剣な顔になるリュカさんに戸惑いながらも、脳内で想像していた三毛猫の抱き枕の想像をかき消した。
向かいに座るリュカさんは佇まいを改めると、ジッと空色の美しい瞳が私を捉える。
「今は面倒事の最中だけれど、……全部終わったら彩葉に観光案内して欲しいんだ」
「え」
お礼に抱き枕作る話からどうして観光案内になったのか、まったくもって分からなかった。もしかしなくても、色々気を遣ってくれている?
リュカさんの真剣な顔はなんというか、凄まじい迫力があった。さすが神堂先生の甥。しっかりと受け継がれている。
「どうだろう?」
「それは……別に構わないですが……」
鋭かった目が一瞬で、柔らかくなった。笑み一つでこんなに雰囲気が変わるなんて……反則だわ。
「それじゃあ、デートを楽しみにしている」
「はい。……ん? デート」
「そう」
「観光案内じゃなかった?」と突っ込みたかったけれど、言い方の違いだと指摘するのも憚られる雰囲気だった。
まあ、大差ないかと私は深く考えるのをやめて、カップに口を付ける。うん、ホテルの入れる珈琲ってやっぱり美味しいわ。