無愛想な末っ子御曹司の溢れる愛
終業時間を迎え、

「春音ちゃん、本当に大丈夫?」

透子が心配げな面持ちで問いかけた。

事件以来、春音はずっと透子のマンションで世話になっていた。一人にするのは不安だと透子が気を遣ってくれたのだ。
春音もその厚意に甘えていたが、さすがに何日も居座るわけにはいかない。
きっと、潤人と二人きりで過ごしたいと思っているはずだ。
大分気持ちも落ち着いてきたことだし、お邪魔虫はさっさと退散しなければと、そろそろ自宅に戻ることを考えていた。

今日仕事が終わったらそのままアパートに帰るつもりだと、朝食時に透子に話をしたのだ。

「はい、おかげさまで気持ちも落ち着きました。ご厚意に甘えてつい長居をしてしまいました」

「それは全然構わないのよ」

春音はゆっくりとかぶりを振った。

「私は大丈夫です。本当にありがとうございました。それでは、お先に失礼します」

ゴロゴロとキャリーケースを転がしながら、春音は最寄駅に向かって歩き始めた。

大丈夫だとは言ったものの、日が暮れてしまったけやき通りを独りで歩くのはやはり不安だ。
なるべく仕事帰りだと思われる女性の近くをついて行った。
それでも、背後から足音が聞こえたり、男性がすれ違ったりする度に、ビクッと身体が反応してしまう。

『大丈夫、大丈夫』

自分に言い聞かせながら歩いていると、

「森川、さん」

背後から春音をぎこちなく呼ぶ低めの声が聞こえた。

振り返ると、眉根に皺を寄せた湊人が春音を見据えていた。
驚き、目を見開いた春音に、

「独りか?」

呟くように訊いた。

「え?」

「透子さんのところに泊まっているんじゃないのか?」

「えっ、どうしてそのことを?」

「兄貴から聞いた」

「副社長に、ですか……」

『兄弟の間で私のことが話題に上がっていたなんて、ちょっと驚きだな』

春音は頬を緩めた。
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