無愛想な末っ子御曹司の溢れる愛
心地よさに身を預けていた春音だったが、周りの視線を感じ、はっと我に返った。
慌てて身体を離そうとするも、湊人は解放してくれない。

「人が、人が見てます」

「だから?」

「えっ?」

『この人は、私のことをブスって言った人よね? 同一人物よね? もしかして二重人格?』

そんなことを考えていると、湊人がようやく身体を離した。

「うちに来るか?」

「え⁉︎」

「心細いんだろう?」

「え、えぇ、まぁ……それはそうですが……」

「着替えもあるみたいだし、好きなだけ居るといい」

キャリーケースを一瞥する。

「俺もその方が安心だから」

「安心? それはどういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だが」

「そのままの?」

「行くぞ」

思考を巡らす春音の手からキャリーケースを奪い取りると、反対の手をしっかりと絡め湊人は歩き始めた。

『こ、これは恋人繋ぎ! こんな握り方されたら汗が! どうしよう、恥ずかしい……』

そんな春音の心情を知ってか知らずか、湊人は絡めた手を離す様子もなく歩き続けた。

駅へは向かわず、元来た道を引き返す形で、手を繋がれたまま湊人について行く。
照明の落ちたアートガーデンの前を通り過ぎ、更にタカヤホテルの前も通り過ぎる。
数メートル先の信号を渡り、更に進むとマンション街があるのだが、どうやらそこへ向かっているようだ。
何度も配達に来ているので、見知った場所ではある。

そして、湊人が足を止めたのは、そのマンション街の一角だった。
デザイナーズマンションと言われるようなシックでモダンな佇まいだ。

カードキーをかざしオートロックを解除すると、エントランスを抜け、エレベーターで上階へ向かった。
7階で停止し、湊人が先に降りると、エスコートするように手を差し伸べた。

そのさりげない所作に、鷹屋商事の御曹司であることを窺い知ることができる。

湊人の手を取ると、微かに笑ったような気がした。
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