無愛想な末っ子御曹司の溢れる愛
「そろそろ寝るか」

そう言うと湊人は、作り付けのクローゼットから寝袋を取り出した。

『本当に寝袋で寝るつもりなんだ』

「湊人さん、なんで寝袋なんか持ってるんですか?」

「星を観測する時に使うんだ。最近時間がなくて全く使ってないけどな」

「星⁉︎ 湊人さん、星が好きなんですか?」

「んっ、まぁ」

「じゃあ、星にも詳しいんですか?」

「そこそこに」

「今度私も連れてってくれませんか?」

「あぁ、わかった。行こう」

「やったぁ!」

「さっ、寝るぞ」

全身が寝袋に包まれた湊人にそっと目をやると、長身のせいで足を伸ばせずとても窮屈そうに見えた。

「あのぅ……」

「ん?」

「私が寝袋に寝ますよ」

「いや、このままでいい」

「俺のことは気にせず早く寝ろ」

「はい……」

いやいや、気にしないなんてできない。そう思った春音はもう一度湊人をベッドの上から覗き込んだ。

「やっぱり寝袋やめませんか? 嫌じゃなければ……」

『気合いを入れるのよ、私!』

春音は意を決して言葉を続けた。

「一緒に寝ませんか? 寝ましょう!」

恥ずかしくて顔を両手で隠していると「クククッ」と笑い声が聞こえた。

寝袋から抜け出し、身体を起こした湊人は、顔を隠し照れる春音が可愛くて、気持ちを抑えられず笑いが漏れてしまったのだ。

『これが " 好き" だという感情なのだろうな』

得体の知れない感情がなんなのか、今の湊人には十分すぎるくらいわかっていた。

湊人はベッドに移動し、春音の手を解いた。
紅潮した顔がすぐそこにある。いつまでも見ていたい。

「な、なんですか?」

「なぁ、やっぱ湊人じゃダメか?」

「え?」

「湊人さん、じゃなくて」

「だから、呼び捨ては無理ですって」

「じゃあ、他の呼び方考えてくれよ。春音だけの呼び方」

「私だけ?」

「そう、春音だけ」

「そうですねぇ……んーっ……みっくん! みっくんはどうですか?」

『まさか、そうくるとは思わなかったな』

「嫌ですか?」

「いいや、初めて呼ばれた。春音専用だな」

「じゃあ、みっくんでいいってことですね?」

「ああ、いいよ」

「みっくん」

「ん?」

「明日仕事でしょう?」

「ああ」

「起きる時間教えてくれたら、その時間に合わせて朝ごはん作ります」

「無理しなくていいんだぞ」

「無理はしてませんよ」

「そうか?」

「はい。冷蔵庫にある食材使ってもいいですよね?」

「もちろん」

「で、何時に起きます?」

「6時半かな」

「わかりました」

「春音」

「はい?」

「敬語もやめないか?」

「わかりました、やめます。やめるわ」

自分の顔が恐ろしく緩んでいることを、湊人は自覚している。コントロールが効かないのだ。

「笑わないでください! あ、笑わないで、よ」

「笑ってない」

「その顔のどこをどう見たら笑ってないって言えるのよ!」

『これ以上はもうまずい』

「はいはい、おやすみ、春音」

誤魔化すように遮った。

「おやすみなさい、みっくん」

春音専用の呼び名で呼ばれ、一気に縮まった距離に高揚する。
一方の春音も、湊人にとって自分が特別な存在になった気がして胸がキュッとした。
お互い、言葉では表せない心地よさを感じながら眠りについたのだった。
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