無愛想な末っ子御曹司の溢れる愛
飲み物が配られ、乾杯をし、コース料理を堪能した。

「透子さん、つわりはないんですか?」

「全くと言っていいほどないの。入院するほどひどい人がいるのに、申し訳ないくらい」

「すみません」

「どうして春音ちゃんが謝るの?」

「赤ちゃんがお腹にいるのに、居候させてもらって、甘えてばかりで、本当に申し訳ないです」

「何言ってるのっ! 私は嬉しかったのよ。春音ちゃんと過ごせて凄く楽しかったしね」

「透子さん……」

「それでね、本題なんだけど、アートガーデンは鷹屋商事の傘下に入ることにしたの。私は潤人と結婚して、妻として彼を支えようと思ってる。このまま代表を続けていくことは難しいと判断したの。私は退くけど、社員の待遇は変わらない。社内規定は鷹屋商事に準ずるから、福利厚生は今よりも手厚いものになるわ」

「これは俺の我儘なんだ。透子にはしばらく自分自身と子どものことだけ考えて過ごして欲しいと思ってね。正式発表の前に二人には話しておきたかった」

「そう、だったんですね。思いもよらないお話だったのでちょっと驚きましたが、副社長、透子さん、おめでとうございます。私にとってお二人はとても大切な存在ですので、凄く凄く嬉しいです。幸せになってください」

『よかった。本当によかった。赤ちゃんかぁ〜すっごく可愛いんだろうなぁ……そうだよね、愛し合ってるなら、そういう行為、するよね。するよね? え? 私、キスもされたことないんだけど、みっくん、私のこと好き、なのよね? え? ちょっと待って。そういえば、好きって言われてない! みっくんにとって私って何?』

これまで誰とも交際というものをしたことがない春音は、考えれば考えるほど、この中途半端な現状に不安を抱かずにはいられなかった。表情が段々と曇っていく。

そんな春音の様子を見ていた湊人は壮大な勘違いをしてしまう。

『口では嬉しいと言っているが、本当は、兄貴の結婚がショックなんだろうな。でなきゃ、そんな顔しないだろ』

湊人の気持ちにも、段々と靄が広がっていく。
その時、ジャケットの内ポケットでスマホが震えた。
職場から着信だ。

「ちょっとごめん」

席を外し電話に出ると、コンビニ強盗事件が発生し、所轄からの捜査要請だった。招集だ。

「呼び出しだ。俺、仕事行ってくる」

「警察官は大変だな」

「湊人くん、気をつけてね」

「気をつけて行ってらっしゃい」

『くそっ! なんでこんな時にコンビニ襲うんだよ!』

曇った表情の春音の傍を離れたくなかった湊人は、心の中で愚痴をこぼしながらレストランから飛び出した。
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