視線の先にあるものは
雨が降っている。

別段、窓の外に代わり映えのある風景が広がるわけでもないだろうに、隣の席の橘君は頬杖をつき、退屈そうに窓の外を眺めていた。

「橘、この問題解けるか。」
ぼんやりしているのを見て取ったのか、先生が橘君を指すが、橘君は率なく正解を述べたので、それ以上何も言うことはなかった。
この授業だけでなく、しばしば見受けられる光景だ。再び着席した橘君は、やはり退屈そうに窓の外を眺めている。

橘君はぶれない。
高校入学当初、クラスメイトの女の子たちが橘君に群がっていたことを思い出す。

「ねえねえ、橘君って彼女とかいるの?」
「どんな子がタイプ?」
「部活は何部に入るの?私マネージャーとかなっちゃおうかなぁ。」

橘君はそのどの質問に答えるでもなく、
「ごめん。ちょっとこれから寝るから。」と言い、机に伏せてしまった。

その場では呆気に取られていた女子たちは翌日以降、ひそひそと橘君の陰口を話すようになった。

女子を敵に回すと怖いなと思うのはこんなときだ。昨日まで、笑顔で群がっていたのに、聞えよがしに悪口を言っているのが耳に入ってくる。

「ちょっとカッコいいからってさ、さすがに無視はないよね?」
「話しかけてる最中で寝るとか態度悪すぎじゃない?」

もっとも、橘君は休み時間はいつも机に伏して寝ているので聞いているのか聞いていないのかは定かではない。

でももし聞こえていたら感じ悪いだろうな、と思った声がいつの間にか口に出ていた。
小学生の頃、友達とちょっとした喧嘩をしたときに悪口を言われて傷ついたことがなぜだかこのタイミングで背中を押した。

「まあ、春だしさ。春眠暁を覚えずって言うんでしょ。眠くなるのは仕方ないよ。」

「でも、私たちが話しかけてる最中に急に寝るってひどくない?」

「うん、でもさすがに、本人に聞こえるかもしれないところで人の陰口言うのは感じ良くない気がする。」

「そりゃそうだけど。」

(クラスのイケイケな女子たちに意見するなんて、生意気なやつと思われたかもしれない。)
言った瞬間は焦って、入学早々やってしまったかなと思ったが、案外根の悪い子たちではなかったのか、それきり、彼女たちが橘君に話しかけることも、近くで陰口を言っているところも聞かない。もちろん、由奈が虐められることもなかった。

たぶん、言ってよかったんだろうなぁと思う。
言っても言わなくても何も変わらなかったような気はするけれど。


< 1 / 13 >

この作品をシェア

pagetop