雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜

 それは咄嗟の言葉だったのか。
 今までの敬語とは違う、パーソナルな彼の言葉使いに鼓動が跳ねた。

「何か辛いことがあったのなら、無理して笑わなくていい」

 静かに伸ばされた彼の大きな手が、私の後頭部を包み込むようにして体を引き寄せる。そのままあっけなく、私の体は音岐さんの腕の中に収まってしまう。
 広い胸と逞しい腕に包み込まれた途端に、心の中でグシャグシャになっていた色んな感情が次々に涙となりこぼれ落ちた。


『それって、ただの都合のいい女よね?』
『透さんと飲みに行って……その後ね。朝まで一緒だったの』


 その言葉が、何度も何度も思考を巡る。あの路地裏で散々泣いたというのに、また涙があふれて止まらなかった。

 私の髪を、音岐さんの手が遠慮がちに撫でる。
 そんな彼の左胸から、少し早い心音が聞こえた。トクリッ、トクリッと、繰り返す鼓動と彼の体温が私の心を包み込む。

 音岐さんは理由を問う事もせず、ただそっと、私が泣き止むまで逞しいその胸を貸してくれていたのだった。

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