雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜
第3話:最低彼氏との別れ
翌日の朝。
自室のカーテンを開けると空は眩しく晴れ渡っていた。
あの応接室で思わず泣いてしまった私を、音岐さんはそっと抱きしめてくれていた。
落ち着きを取り戻した私が謝罪すると、「大丈夫、気にしないで下さい」と穏やかに微笑みを向けてくれる。その口調が敬語に戻っていて、なぜだか少しの寂しさを覚える自分がいた。
「このスプリングコートは、こちらで預かりクリーニングに出させて頂きますね。とりあえず今は風邪を引かないようにこれを羽織っていて下さい。帰りは車でお送りしますので」
音岐さんが黒のカーディガンを私の肩にかけてくれる。
お礼を言って袖を通すと、目一杯腕を伸ばしても指先が出ないくらい、私には大きなサイズだった。
「それ僕のなんですけど、ちゃんと洗濯済みなので安心して下さいね」
そう言って音岐さんが笑う。
それから連絡先を交換して、自宅の近くまで送ってもらった。
昨日はずっと、音岐さんの優しさに甘えっぱなしだった。
出会ったばかりの男性の腕の中で泣いてしまうなんて、今までの自分の人生では考えられない出来事だ。
あれが、大人の男性の包容力なのだろうか。三十四歳だと帰りの車の中で年齢を聞いた。二十六歳の私から見れば音岐さんは大人の男性だけれど、規模の大きい動物病院の院長を務めるには若い年齢のような気がする。
「すごいな。開業って大変そうなのに」
そんな音岐さんの胸を借りて、私は昨日泣き尽くした。彼のお陰で、どん底の昨日を終えて、新しい今日を迎える事ができたように思う。
強くならなきゃ。
心で呟き決意する。私は透さんとも直接話をするためメッセージを送った。
【透さん。今日の会社終わりに話があるの】
【佑香から誘ってくるの珍しいな。嬉しいよ】
透さんは美沙が私に話した事を知らないようで、表面上は優しい言葉のままだった。私を都合のいい女としてキープする為なのかと思うと、その扱いに悔し涙が込み上げる。
「落ち着いて、もう泣いたりしない」
会社近くのカフェで待ち合せる約束をして、透さんとのやり取りを終えた。
そんな私の膝の上に、愛猫の抹茶が飛び乗ってくる。
「にゃー」
先程まで無意識に体に力が入っていたのか、抹茶の温かい体温を感じてホッと息が漏れた。
抹茶は普段、あまり甘えてこないクールな男の子で、雑種の保護猫だ。けれど、いつも私の感情を読み取るかのように、悲しい時や体調が悪い時に寄り添ってくれる。
今もきっと、私を心配して膝の上に来てくれたような気がした。
「ありがとう、抹茶。頑張ってくるからね」
私は抹茶を抱き締めた後、自室を出て会社に向かった。