雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜

 *

 仕事終わりに、約束のカフェで透さんを待つ。
 そこは雑居ビルの二階にあり、ガラス張りの壁面からオフィス街の交差点を歩く人々の姿がよく見えた。
 しばらくして、約束の時間を三十分も過ぎているのに、急ぐ素振りもなくゆっくりと歩いてくる彼の姿が目に入る。

 思えば、いつも遅れてくる人だった。

 平日は仕事で遅れたのだから仕方がない。けれど休日もそうだった事に気づき、彼の中の自分の存在の低さを思い知る。

 今まで私は、この人の何を見てきたのだろう。

 表面上の言葉はいつも優しい人だった。けれどその言葉には、行動も、想いも、何も含まれていなかったのだ。
 楽しかったはずの短い思い出を振り返ってみても、今はもう心の中に愛しさのカケラを見つける事はできなかった。

「部長との打ち合わせ長引いた」

 向かいの椅子に腰を下ろし雑談を始めた彼に、「大事な話がある」と私は切り出す。

「昨日、美沙に言われたの」
「え?」
「透さんの本命は……美沙だって」

 彼が「しまった」というように顔を顰める。けれど、それに対する謝罪も弁解も一言もなかった。

「別れよう」

 私はこれ以上話をする気になれず、その一言を告げて、伝票の横に自分のコーヒー代として千円札を置く。
 立ち上がろうとした瞬間に、彼に呼び止められた。

「待てよ。お前はずっと、俺にベタ惚れだっただろ?」

 わざわざ呼び止めて、何を言おうとしているのか。問われた言葉の意味が分からず私は困惑する。

「俺の態度が冷たいとか、優しいとか。そんな事でいつも一喜一憂してたお前が、別れるとか言い出すなんて強がってんだろ?」

「なに、言ってるの?」

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