雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜
彼は例え浮気がバレても、「別れないで」と私が縋ってくると思っているのかもしれない。
今まで、喧嘩らしい喧嘩もした事がなかった。彼の言葉を、私が強く否定する事さえ無かったように思う。
不意に、子供の頃に母と私を捨てて出て行った父の背中が脳裏を通過した。
いつも、誰かに認めてもらえる事が嬉しくて、必要とされていると、そう思える事に安堵していた。
都合よく関係のない仕事を押し付けられる事にさえ、役に立っているのだと思えて、私はそこに自分の価値を見出そうとしていたのかもしれない。
「強がってなんかないよ。やっと気付いたんだよ。私はもう、透さんの都合のいい女でなんかいたくない」
私の強い口調での反発が気に障ったのか、彼が突然声を荒げた。歯向かってこない相手。そう思っていたに違いない。
「は? お前みたいな真面目だけが取り柄なタイプは、どうせ誰と付き合っても都合のいい女で終わるんだよっ!」
周りの席に聞こえてしまう配慮もなく、そんな言葉を大きく吐き捨ててくる。それでも、私は手のひらを強く握り締めて彼を見据えた。
「そうかもしれないね。でも、それを決めるのはあなたじゃない」
透さんが驚いたように目を見開く。
私は彼に背を向けて歩き出した。カフェを出て、そのまま真っ直ぐ大通りを進んで行く。
言えてよかった。
全てではなくても、冷静に言葉を返す事ができた。自分なりの精一杯を、ちゃんと出せたような気がする。
こんな風に、いつもより少しだけ強い自分で居られたのは、きっと音岐さんのお陰だ。
昨夜、その胸で涙を全て受け止めてもらった。
何も聞かず、ただ側で、どん底の私を受け止めてくれる存在がいたから。