雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜

第1話:雨音と子猫とあなた


 雨の夜だった。
 道を歩く人々はみんな傘をさし顔は見えず、雨音で周囲の声も聞こえない。

 だから今ならもう、泣いてもいいよね?

 私は会社を出てすぐの歩道橋を渡り終え、駅まで向かう大通りから脇道へとそれる。細い路地裏まで来てようやく足を止めると、瞳の中に溜まっていた涙が(あふ)れ頬をつたい落ちた。


佑香(ゆうか)に教えてあげる。(とおる)さんの本命はね、私なのよ』


 それは、会社の同期の芝野 美沙(しばの みさ)の言葉だった。
 私はペット関連商品を扱うメーカーの、企画部で働いている。そして美沙が言った『透さん』というのが、私が付き合い始めたばかりの営業部に所属している一つ上の先輩の事だ。

 部署は違うけれど、たまたま彼の資料の手伝いをした事がきっかけで、私は透さんから告白された。爽やかな彼に憧れを持っていた私は、好きだと言われてとても嬉しかったのだ。

「佑香はお酒も飲めないし、真面目過ぎてプライベートは全然面白くないんだって。それでも面倒な資料や集計業務を全部頼めるから、楽して仕事ができて最高だって。……でもそれって、ただの都合のいい女よね?」

 美沙の問いに、心の一番柔らかい部分を握り潰されたような痛みが走る。

< 2 / 47 >

この作品をシェア

pagetop