雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜
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涼介さんの車で海沿いまでドライブをして、波打ち際で穏やかな海を眺める。アリバイ作りとは、デートの思い出を作る事だった。
「本当の思い出なら、凛子さんに『デートでどんな所に行くの』と聞かれても話しやすいし。それに、なるべく嘘をつかなくてもいいようにと思って……。君は、とても純粋な人だと思うから」
その言葉に胸が震えた。
小さな事でも真剣に考えてしまい、真面目過ぎて面倒くさいと、そう透さんには言われていた事を、涼介さんはなんて素敵な言葉に変えて伝えてくれるのだろう。
その温かさに思わず泣きだしてしまいそうになって、私はわざと話をそらした。
「私、すごく久し振りです。海にくるの」
「そっか。僕は考え事したり、逆に頭を空っぽにしたい時にも来てるよ」
涼介さんが気持ち良さそうに伸びをする。
「でも、ちょうど分院を三ヶ月前に開院して、あっちが落ち着くまでは本院と分院を行ったり来たりだったから、ここ最近は来てなかったな」
涼介さんは時折り強く吹き付ける風に目を伏せて、気持ち良さそうに潮の匂いを感じていた。
そんな彼から目が離せなくなる。
不意に涼介さんがこちらを向いたので、私はなぜか急いで別の方を向く。
「佑香、濡れるよ」
その声に視線を戻した瞬間、腰に両手を添えて引き寄せるように高く抱き上げられた。下を見ると、長く伸びてきた波が涼介さんの靴を濡らしていく。
「あの……、音岐さんの靴に水がかかってしまってごめんなさい」
焦ったせいか。思わず言い慣れた苗字を呼んでしまう。そんな私を抱え上げたまま、彼が優しく問い掛けてきた。
「音岐さんじゃなくて?」
「あ、……涼介さん」
私の答えに満足げに笑った後、濡れない場所にそっと下ろしてくれた。
「そろそろ帰ろうか」
「はい」
私達は今、嘘の為のアリバイ作りをしているのに……。
涼介さんの事を想う、その心だけが『本物』になってしまいそうで怖かった。