雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜
私はそれを持ち、一階へと急ぐ。
エレベーターを降りて受付を見渡しても、そこに彼の姿はなかった。そのままエントランスを抜けて外に出る。
「いないか……」
エントランスに引き返すと、受付横にある来客用のオープンな打ち合わせブースで、声を潜めて話をしている透さんと美沙の姿があった。
二人が私に気付いたようで、こちらに向かって歩いて来る。一気に、私の体に緊張が走った。
透さんはあの日の別れ以来、顔を合わせれば嫌味や皮肉を言ってくるようになった。私が手伝っていた資料作りを自分でこなさなくてはいけなくなり、時間に追われて営業成績が下がり始めたのが不満らしい。
爽やかな人だと思っていたのは、ただの見せかけだったのだと思い知る。こんな人に憧れていた自分を、今は恥ずかしく思った。
「それ、音岐先生の忘れ物?」
私が持っていた名刺ケースに目を向けた美沙が、声を掛けてくる。
「私が預かるわね」
「え?」
美沙に手を伸ばされて、思わずケースをギュッと握り締める。
「ちょっと、来客の忘れ物は総務で預かる決まりでしょ! それとも自分で渡して、音岐先生に取り入るつもりなの?」
美沙が私の手から奪うように名刺ケースを取り上げる。美沙の爪が指に当たって、痛みが走った。
「痛っ……。取り入るなんて、そんなこと」
反論しようとした私の言葉を制するように、今度は透さんが言葉を挟む。
「副社長に企画が認められて、調子に乗ってるんだって? 地味に考える事しかできないタイプなんだから、目立たない日陰で大人しくしてろよ」
私は日陰の人間で、自分たちは日向で光を浴びる側だとでも言うような透さんと美沙の態度に、悔しさで涙がこぼれそうになる。
その時、二人の後ろに立つ背の高い男性が目に入った。
涼介さん……!