雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜
三十歳を過ぎた頃からは、母にお見合いの話ばかり持ち掛けられるようになった。
結婚して子供が出来れば、父が孫の存在の可愛さに、僕を許すだろうと母は考えているようだった。
そんな母の気持ちを無碍にはできず、仕方なくお見合いに何度か行った。しかし顔を合わせた人はみんな、どうして獣医なんかしているのかと、総合病院の院長の息子というステータスしか見ていない女性達ばかりでうんざりだった。
不意にまた、泣き出しそうな目をして笑った佑香の顔が瞼の裏に浮かんだ。
初めて会った雨の夜。
傘を地面に置き、彼女は自分が濡れるのも構わずティアラを抱き締めていた。泥跳ねで服が汚れている事にも気付かぬ様子で大切そうにティアラを抱き締める。
その姿が、たまらないほど印象的だったのだ。
笑顔も、応接室でチョコをもぐもぐと噛み締め恥ずかしそうに俯く様子も、そんな彼女の全てが胸の中にスッと入り混んできた。
『色々あって、どん底だったんですけど……』
あの日。そう言って涙を流した彼女に何があったのかは知らない。
それでも、出て行こうとする彼女を腕の中に抱き寄せてしまったその時から、僕にとって彼女は、ティアラの恩人という枠を越えた存在だったのではないかと思う。
だからこそ彼女に対して、不快な言葉を向けた男女にどうしようもない程の苛立ちを覚えた。あの日の彼女の涙は、この男が原因なのだろうか。そう思った瞬間に、抑えきれない嫉妬が芽生えたのだ。
彼女はただ、善意で僕の嘘に付き合っているだけだというのに……。佑香は僕のものだと、あの男に言ってしまいそうになる自分がいた。
「何を、考えてるんだ」
思考を切り替える為に大きく息を吐いて、僕は病院の裏口の扉を開けた。