雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜
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急患の猫もそれほど酷い怪我ではなく、自宅に連れて帰って問題ない状況だった。その後は通常の診療時間となり、慌しく時間が過ぎていった。
院長室の扉を開け革張りのデスクチェアに腰掛けると、革の軋む音がやけに大きく部屋に響く。
デスクの端に置いていた携帯電話に手を伸ばした瞬間、電話を掛けようと思っていた相手の名前が表示されて驚いた。
【藍沢 佑香】
その画面は、まるで心の迷いを告げるかのようにワンコール後すぐに切れた。こちらから掛けると、彼女がひどく焦ったように話し始める。
『涼介さん、ワン切りしてしまいごめんなさい! 今日は会社で気を遣わせてしまったようで、それが気になって……。電話しようとして、でも忙しいだろうなと思うと手が止まって。それでもやっぱり、少しだけ声が聞きたくなって……。どうしようか迷っているうちに、抹茶が急に飛びついてきて指が通話ボタンに触れてしまい、あ、あの、抹茶というのはうちの猫の名前で……。それで、その、驚いた拍子にワンコールで切ってしまいました。ごめんなさい!』
一生懸命な言葉たちが、真っ直ぐに胸の中へと響いてくる。
あれから自分が彼女の事を考えていたように、彼女もまた僕の事を考えていたのだと、そう思うだけで胸の奥が熱くなった。
──少しだけ、声が聞きたくなって。
電話を持つのとは逆の手で口元を覆う。
それでも、その彼女の言葉を思い返すと、我慢しきれなかった笑みが漏れた。
『笑って、らっしゃいますか?』
恐る恐る尋ねられた言葉に、「ふふっ」と今度はしっかり声が出る。
「君が、あんまり可愛かったから」
そんな僕の言葉に照れたような吐息が聞こえて、姿は見えなくても、赤くなっているであろう顔が容易に想像できた。