雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜

「僕も今、電話しようとしてたんだ」
『え?』
「会社で大丈夫だった?」
『はい、大丈夫です。涼介さんの方も、怪我をした猫ちゃんは大丈夫でしたか?』
「心配してくれて有り難う。まだ小さな猫だったから電話で話を聞いた時は焦ったけど、酷い怪我ではなかったよ」

 その時、院長室の扉が開いて小林さんが伝票を持って入って来る。

「院長、この伝票〜。経費精算の勘定科目が違いますよ……って、お電話中ですか! やだ、失礼しました〜」

 小林さんが急いで退室していく。その声が聞こえていたのか、佑香の笑い声が電話越しに聞こえた。

「ごめんね」
『いえ、今のはあの小林さんですか?』
「そう、あの小林さんだよ」

 嘘の恋人計画の発案者だ。

『お二人は、とても仲良しなんですね』
「小林さんは開院当初からのスタッフさんで、彼女曰く、僕はもう息子みたいなものだって。経理に強い彼女に、伝票処理でよく注意されるんだ」

 受話器越しに、また楽しそうな佑香の笑い声が響く。

「日曜の凛子さんとのディナーも、緊張しなくていいからね。今みたいに楽しんで食事しよう」
『はい! 楽しみにしています』

 彼女の弾んだ声に、自分まで嬉しくなってくる。そして、声を聞くだけではなくいま会いたいと、そんな事を思い始めた自分がいた。

 もう一度、その心に強く言い聞かせる。

 彼女は善意で、この嘘の恋に付き合ってくれているのだと……。

「おやすみ。また日曜に」
『はい。おやすみなさい』


 女性に対してこんなにも、自分から会いたいと願うのは初めてだった。
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