雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜

「社長がギックリ腰で動けなくなったそうで、社長が参加予定だった社外取締役との懇親会に、凛子さんが急遽、代理出席する事っになったみたいだ」
「社長がギックリ腰で……」
「君に宜しく伝えて欲しいって、今日の食事は二人で楽しんでって凛子さんからの伝言だよ」
「そうだったんですね」
「ギックリ腰は酷いと全く動けない人もいるようだから、しばらくは凛子さんが社長の予定をフォローするみたいだよ」
「大変ですね」

 もともと分刻みで動いていた副社長の様子を思い出す。

「でも凛子さんの声は明るかったし、それほど心配する事態ではないと思うよ。落ち着いたら改めて、三人での食事会をしたいって張り切ってたから……。とりあえず今日は、二人でデートしようか」

 涼介さんと並んで、ロビーから高層階にあるフレンチレストランへ向かった。
 お店に入る前に、私は小さな声で涼介さんに告げる。

「私、お酒が苦手で……。折角のフルコースなのにすみません」

 美沙との浮気を知ったあの日、私は透さんに「お酒も飲めないつまらない女」と言われていた。
 その言葉が頭にちらつき、涼介さんはどう思うのだろうと不安になる。

「全然問題ないよ。アペリティフは、ノンアルコールカクテルかスパークリングウォーターにしようか。食事中もフレンチのフルコースだからって、無理してワインやシャンパンを頼む必要はないし。ミネラルウォーターもあるからね」

 私の気掛かりなど、なんでもない事のようにサラッと言葉が返ってくる。

「有り難うございます。アペリティフって、食前酒の事ですよね。高級フレンチは慣れてなくて、マナーをたくさんネットで検索しました」
「大丈夫。心配しなくても全く周りを気にしなくていいから」

 そう言って、涼介さんが微笑む。

 案内されたのは、夜景が見える窓辺の個室だった。
 高層階の大きなガラス張りの窓から、明かりが灯り始めた街並みが見える。

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