雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜
涼介さんの迫力に、美沙と透さんは蛇に睨まれた蛙のように硬直して固まっている。
涼介さんのすぐ後ろには、凛子副社長の姿が見えた。
お二人は、いつからそこにいたのだろう。
緊迫したエントランスで、今度は副社長が言葉を発した。
「帰社途中に社用車の中から音岐先生の姿をお見かけして、ここまでご一緒したのだけれど……」
凛子副社長が溜息を吐いて二人を見た後、視線を涼介さんへ向け謝罪する。
「音岐先生。商品の監修をお願いする立場でありながら、そのご職業を軽視するような、お聞き苦しい会話を耳に入れてしまい申し訳ありません」
「いえ、それに関する謝罪は必要ありません。ただ……」
そこでいったん言葉を区切り、涼介さんが厳しい表情のまま副社長へ向けて言葉を続けた。
「葛城副社長。私があなたに問いたいのは、あの二人の彼女に対する明らかにモラルに反した言葉と行動の数々です。御社では、コンプライアンス教育は行なわれていないのでしょうか」
涼介さんの指摘に、凛子副社長が腰を折って頭を下げる。
「教育が行き届いておらず、お恥ずかしい限りです」
エントランスで、こちらの様子を注目していた社内の人達から一気にざわめきが起こった。
「あの二人……。副社長に頭を下げさせるような事を」
「新商品に関わる先生に何か言ったのか」
「コンプラ違反らしいぞ」
「やばいだろ、それ」
美沙と透さんを見る周りの視線が、事の重大さを示している。
美沙が突然、「私は言わされていただけです」と弁明しだし、すぐに透さんが、「何言ってんだよ。お前が……」と反論を始めた。
その場に、凛子副社長の声が響く。
「黙りなさい」
美沙と透さんの顔からサッと血の気が引いていく。
『社外の人を激怒させ、副社長に頭を下げさせるような事をやらかした二人』
その噂は、驚くほどの速さで社内中を駆け巡る事となったのだった。