雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜

第2話:あふれる涙と彼の鼓動


 診療時間はもう終了しているようで、表のガラス扉から見える受付は電気が消えている。駐車場に回って裏口から院内に入ると、母親の年齢に近い歳頃に見える女性スタッフの方が、彼の姿をみつけて駆け寄ってきた。

「院長! ティアラちゃん、見つかったんですね」
「僕はティアラを診察するので、小林さんは彼女を応接室に通して、急ぎタオルと何か温かい飲み物をお願いできますか」

 私は自分の腕の中からそっと子猫を彼に渡し、小林さんと呼ばれていたスタッフの女性に案内されて応接室へと通された。

「ティアラちゃんを見つけて下さって、ありがとうございました。すぐにタオルと飲み物をお持ちしますからね」

 年齢は五十代中頃だろうか。
 温かい笑顔の小林さんが、急いで応接室を出ていく。しかしすぐにまた扉を開けて顔を出し、「甘い物ってお好きかしら?」と尋ねてきた。

「え? は、はい……とても」
「頂き物の高級チョコがあるから、お茶と一緒にお持ちしますね」

 彼女はそう言うと、また急いで扉を閉める。その親しみやすい雰囲気に心が和んだ。

「お待たせしましたー」

 カフェの店員さんのような一言を添えて、彼女が温かい紅茶とチョコをテーブルに置き、タオルを手渡してくれた。

「ありがとうございます」
「どうぞ、どうぞ。ティアラちゃんの診察が終わったら院長が来ますので、しばらくお待ち下さいね」
「はい」

 彼女が応接室を出てから、私はタオルで濡れた手元を拭った。ふと、窓ガラスに映った自分の姿が目に入り、私は思い切り苦笑する。
 セミロングの髪は雨に濡れてぺしゃんこで、その上、泣いたせいで目元が赤い。更にはずぶ濡れの子猫を抱えていたからか、スプリングコートのお腹の辺りにたくさんの泥がつき黒い染みができていた。

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