雨、時々、恋と猫 〜無自覚なイケメン獣医さんに愛されています〜

 「失礼します。雨に濡れたから、熱が出たのかな」

 赤面する私を見て心配してくれたのだろう。
 けれど突然のことに驚いてしまい、思わず体が震える。そんな私の様子に、音岐さんが急いで手を離した。

「すみません。いきなり触れてしまって」
「いえ……ご心配を、お掛けしたようで、熱は、ないと、思います」

 しどろもどろになりながら答えた私の言葉に、音岐さんが安堵したように小さく「良かった」と呟く声が聞こえた。

「あの猫。ティアラという名前なんですが、実は僕の叔母の猫なんです」
「そうだったんですね」
「探している途中で、どうしても外せない商談があっていったん会社に戻ると言われて、『涼介が死ぬ気で見つけ出して!』って何故か僕が脅されてしまいました」

 音岐さんの柔らかな雰囲気と、独特の甘さを帯びた低音の声がとても心地よく耳に響く。

「ティアラちゃんに何事もなくてよかったです」
「改めて、今日のお礼をしたいので。お名前と連絡先を伺ってもいいでしょうか」

 音岐さんの言葉に、自分がまだ名前を名乗ってさえいなかった事に気付いた。

「私は、藍沢 佑香と申します。でもお礼なんて不要ですので、お気遣いなく」
「いえ、そのスプリングコートのクリーニングのお支払いは絶対にさせて下さい。それに、ティアラの恩人の連絡先を確認もせずに帰してしまったら、後で僕が叔母に殺されてしまいます」

 そんな冗談をまじえながら、私の緊張を解くように音岐さんが笑いかけてくれた。整ったシャープな顔立ちが、くしゃりと目を細めた瞬間に親しみ深い印象に変わる。
 少しの会話だけでも、その物腰の柔らかさに安心感を覚えた。

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